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「何を撮っているの?」
ふいに声を掛けられ振り返る。さっきまで眠り込んでいたはずの彼が、僕の近くに立っていた。
「えっ……」
「俺も高校生の頃、写真部でさ。だからつい気になっちゃって」
びっくりさせてごめんねと言って、彼はふんわりと笑った。
寝ている時とはまた違った、優し気でいて真面目そうな雰囲気。なのに彼の頭に数枚の桜の花びらが乗っていて、少し間抜けな姿に僕は思わず吹き出してしまう。
「えっ? 変な事言ったかな?」
彼がきょとんとした表情で僕を見つめてくる。
「いえ……花びらが――」
そう言って頭を指さすと、彼が照れたように頭を手で払っていく。花びらは取れるどころか、黒い髪に入り込んで絡みついていた。
「取れた?」
「取れるどころか、しがみ付いて離れようとしません」
「えっ、困るなぁ。取ってもらってもいいかな?」
彼はそう言って僕の前で軽く頭を下げる。僕は早まる心臓の音を感じながら、彼の柔らかそうな髪に触れてそっと花びらを指先で摘まむ。
もっと触れたい。そう思って少しもたついた振りまでした。
「取れましたよ」
そう言って花びらを見せると、彼は顔を上げて「ありがとう。なかなかしぶとい奴だったね」と言って笑った。
ふいに彼は視線を時計に落とすなり「あっ、そろそろ戻らないと」と呟く。それから慌てた様子で「またね」と言い残して、僕に背を向けて公園から立ち去ってしまう。
取り残された僕は、その後ろ姿を目に焼き付けることしか出来ずにいた。
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