忘れられない

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忘れられない

「こっちに帰ってきたらさ、連絡頂戴ね。」 と、ありきたりな、社交辞令みたいなことを言われたのを思い出して、ダメもとで連絡してみた。そしたら 「じゃあ、来週あたりにどう?」 と言われて、会うことになった。卒業式以来連絡すらとっていなかったから、実に会うのは2年ぶりだ。 遥は、高校の同級生で、高校2年生から卒業までに付き合っていた。女子が少ない理系クラスでの競争率は高かったので、僕はなんとしても彼女に好かれようと思って、いろんな努力をしていた。クラスの成績で1番をとってみたり、ちょっと不良っぽく制服を着崩してみたり、メガネをコンタクトに変えてみたり。 今思うと、努力と呼べるようなものではなかったのかも知れないけど、あの時は必死だった。念願かなってか、修学旅行のあとくらいから付き合うことができて、本当に嬉しかった。 勉強や部活が忙しくて、そんなにデートに行ったりすることはできなかったけれど、カフェで一緒に夏休みの宿題をしたり、金木犀の香りがする通学路を一緒に駅まで歩いたりする時間は僕の宝物だった。 高校を卒業して別れたのは、喧嘩だったりがあったわけではなかった。お互い、なんか大学に入ったら別の人と付き合うよね、みたいな雰囲気だったので、どちらからということもなく別れたのだった。 それ以降、でも、僕は誰とも付き合うこともなくいた。別に、彼女が忘れられないというわけではなかったけれど、どうしてもピンと来る人がいなかった。 ※ 待ち合わせは、地元の駅のプラットフォーム。スーツを着た人がちょっと難しい顔をして、足早に過ぎ去っていくのをみると、東京に帰ってきたなぁと感じる。 「やっほー。待ったー?」 という声がして、くるりと後ろを振り返ると彼女がいた。そういえば、高校生の時もいきなり後ろから声をかけたりしてびっくりさせるのが好きだったっけ。 「今来たところ。」 さりげなく、返事をする。緊張しているのは、きっと久しぶりに会うからなのだろう。 相変わらず、フリルの多い服を着ていた。遥はいつもプリーツスカートを履いていたイメージがあったけれど、それはどうやら僕の妄想ではなかったみたいだ。 「どうする?この辺どこかいいお店とか知ってる?」 「うーん、大学に入ってから久しぶりに帰ってきたから、あんまりお店とかは詳しくないなぁ。」 久しぶりの会話は、高校生の頃と変わらないテンションで安心する。 「高校生の頃は、飲み屋とかにいかないからねー。」 「まぁ、少し北の方に向かって歩いていけば、なんか見つかるんじゃないかな?」 そういって事前に調べてあったお店のリストを頭に思い浮かべながら、一歩を踏み出す。 待ち合わせは18時だったけれど、東京の18時はまだ明るいんだな、と思った。 ※ 結局、入ったお店は居酒屋チェーンだった。「安い・うまい・早いは正義」ってのは、誰の言葉だったっけ。 「結局さ、大学はどこに入ったの?」 そんな話から始まった。 遥は現役で、地方の国公立に合格した。僕は、東京の、同じく国公立を目指してみごとに撃沈した。それで浪人していたので、僕の通っている大学を知っている友達は少ない。 「〇〇大学だよ。」 君の通った大学に行きたかったけどね、とは言わなかった。彼女のいた大学に行きたかったのだけれど、模試でぶっちぎりの1番をとってしまったため、教師全員に反対されたのだった。 「えー、すごい。頭よくなったんだね。」 頭が良くなった、という、頭の悪そうなほめかたをしてもらったけれど、そんなことが気にならないくらい嬉しかった。その一言をもらうために、僕は勉強してきたみたいなところがあったから。 「ありがとう。遥は?今何しているの?」 「サークルとバイト。仕送りが少なくって、あんまり遊べてないかも。」 「そっか。大変だよね。勉強もしなきゃだし。遊んでばっかりもいられないよね。」 そう返して、安心する。あんまり遊んでいないのか、そっか。 「何のバイトしているの?」 話を戻す。 「バイトはね、居酒屋バイト。なんか店長がめちゃめちゃ怖いけど、辛くはないかな。」 そんなたわいもない話をしていると、飲み物が運ばれてきた。ビール。彼女と初めて飲むお酒。 「乾杯」 グラスが当たる。今まで何回もしてきたけれど、この乾杯もそのうちの1回に回収されることがないような、忘れられない乾杯になるような、そんな気がした。 ※ 「今付き合っている人はいるの?」 遥が聞いてきた。ちょっぴり赤くなっている。お酒はあんまり強くないのだろうか? 「いないよ。高校から一度も。」 「そっか。」 何か言いたげだったけれど、間があく。居酒屋のBGMは米米CLUBの浪漫飛行が流れていた。客入りも上々で、程よい雑音に紛れて歌が聞こえる。 「遥は?あれから誰かと付き合ってるの?」 「まぁね。もう3年生ですから。」 急に敬語。 「そっか。」 ちょっと溜めを作って、自然さを取り繕って、 「どんな人?」 と聞いてみる。 その人に興味はないけれど、彼女がどんな顔でその人のことを話すかに、用がある。 ※ 2軒目に行っても良かったのだけれど、彼女が明日早いとのことだったので、それからすぐに解散になった。 僕は実家に帰っていて自転車がなかったので、駅から自宅までは歩きだ。 歩きながら、色々と考えた。 付き合っている人がいる、という遥の言葉。あの言葉を聞いた瞬間、意外な感情が心に涌いた。あまり、残念でなかったのだ。 僕は、自分ではまだ彼女が好きだと思っていた。大学に入って彼女を作らないのも、誰かを新しく好きになることがなかったのも、そのせいだと思っていた。 だから、今回はそれを確かめようと思って、色々な理由をつけてこちらに帰ってきた。そのために新幹線の往復代を稼いで、新しい服まで買って。 勉強だって、続けていた。彼女の友達が言っていた、 「遥ってさ、知的な人が好きなんだって」 という、根も葉もないような噂を信じて、クラスの真ん中くらいだった成績をひたすらにあげた。気がつけば、日本で2番目の大学に合格していた。 今日も、初めてあったときはちょっとどきっとした。高校時代はあんまりみることができなかった私服を見れて良かったとも思った。 だけど、話をしていくうちに、人生を、それぞれ違う場所で過ごした、という事実がわかってきた。当たり前のことだけれど。 僕は浪人しているし、彼女は地方の大学だし、もう就職みたいだし。 お互いの距離が、ちょっと遠くなってしまったのだろうか。 でも、じゃあ、このモヤモヤした気持ちはどうすればいいのだろうか。彼女の影を追って、勉強して、追いかけて。彼女みたいに新しい人と付き合うでもなく、忘れることもできず、このまま過ごしていくのだろうか。 彼女の今付き合っている人の話を聞けば、少しは諦めがつくと思った。でも、見たことのない人のいいところや人となりを聞いたところで、彼女の声に、表情を目の前にして、それは何の意味も為さなかった。 好き、ではない。でも、忘れられない。この気持ちにどんな整理をつければ良いのだろう。 その答えが欲しかったのに、回答は得られず、問題はより姿を複雑にする。 帰り道の川沿いの道は暗く、まえがよく見えない。 ※ 家に着くと、彼女から連絡がきていた。 「今日はありがとう。また会いましょう。」 彼女はこういう表現をよく使うので、本心かどうかわからない。今日も、向こうは楽しんでくれていた様子だったけれど。 この言葉が、僕には彼女との繋がりの糸であり、僕を縛る糸でもある、と思う。つい、期待をしてしまう。次に会う時は、何かがあるだろうか。その時までにどんな僕になっていればいいのだろうか。 でも、次に会う彼女は、この言葉なんて覚えていない。その時はきっと、 「そんなこと言ったっけ?」 なんて笑いながら、首を傾げる気がする。 それでもいいや、なんて思う気持ちは、やっぱり “好き” ではないのだろう。
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