王と王妃の恋物語

1/1
447人が本棚に入れています
本棚に追加
/41ページ
「……ここどこ……?」  目が醒めて、そこが自分の家ではない事にアラーナはすぐさま気がついた。  美しい装飾の寝台は職人がどれだけ手を込ん造ったか想像に難くない。咲き誇る花もさるものながら、その器の美しさは、伯爵家の令嬢として多少なりとも生活していたアラーナだから一級の職人の手が創り上げた芸術品であることは一目でわかった。  何故こんな場所に寝ているのかしら。  夜寝るときは、確かに自分の寝台で侍女のリリーに「おやすみなさい」と言った。  頭の中には疑問符しか浮かばない。 「いつまで寝ているつもりだ?」  横から声が聞こえて、アラーナは振り返り、自分の視線の反対側に人がいたことに初めて気がついた。 「え……? あ……」  人間は驚くと怖ろしく語彙が減ってしまうということにアラーナは初めて気がついた。 「あ?」  聞き返すように男はそう言ってニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。男が同じ寝台にいるということに頭が真っ白になる。呆けたアラーナの唇を美しいけれど人の悪そうな笑みを浮かべながら、男はゆっくりと塞いだ。  キス……されているの?  唇は意外に肉感があるのね……と感慨に耽りそうになったところを男は腹を抱えて笑い始めた。  先ほどの嫌な笑いではない、本当におかしくて仕方がないというように。 「ちょっとあなた! 人に無理やり口付けといて、どうして笑っているの!」  怒りで、やっとぼんやりしていた頭が働き始めて、その失礼な笑いに酷く腹が立った。 「だって……だって、お前……」  笑いがツボにはいったようで、男は身体を捩って苦しげに理由を告げた。 「目が寄り目に……あはははは――」  アラーナは、寄り目になっている自分がこの綺麗な男にキスされているところを想像して、悲しくなってしまった。寄り目になったのは自分の口に人が触れていることを感じて確認したからだが、それにしても寄り目はない――。  混乱していることもあって、アラーナは感情があふれ出してくる。 「ふっ……」  込み上げてくるのが寄り目を見られた羞恥のためか、わけもわからないままにファーストキスを奪われたからか、知らない場所で知らない男と寝台の上にいうという混乱からかわからなかったが、透明の雫となって頬に流れた。 「う……うぅ……」  声にならない声が、爆笑している男の耳にも届いたのだろう、ギョッと驚いたのが雰囲気でわかった。 「おいっ、泣くな。泣くんじゃない」  焦ったような男の声が、少しだけいい気味だと思った。 「泣くのを止めないなら、泣けないようにしてやる」  いい気味だと思ったのがバレたのか、はたまた他の理由によるものか、男はそういってアラーナをフカフカの寝台に押し倒した。  バフッと音を立てて簡単に転がったアラーナに「お前は私のものだからな」と訳のわからないことを言う。  意味がわからないままアラーナは言い返すこともできずに、再度口付けられた。 「んっ……やっああ」  男はアラーナに覆いかぶさって、身動きをとれないようにして唇を寄せてきた。柔らかい舌ががアラーナの薄めの唇をペロリと舐め上げたので、ビックリして逃げようとしたが許されなかった。  嫌だといおうとした口の隙間を狙って男の舌がアラーナの口の中に侵入してくるのを恐怖のために目を見開いて声を上げようとしたが、ちゃんとした言葉にならなかった。  気持ちが悪くて、怖くて硬直したままのアラーナを男が優しく髪を撫で、そっと涙を拭うから、次第にアラーナは抗えなくなってしまった。  舌がアラーナの口腔を好き勝手に暴き、唾液がアラーナの口の中にたまるのをどうしていいかわからない。苦しさに男の肩を押しても、男はその手を握りしめてくるので、アラーナは顔を背けた。その瞬間に器官に入りそうになり咽せると、男はやっと唇を解放してくれた。 「ゲホッゲホッ……あ……」  しばらくアラーナの背中を擦ってくれていた手が落ち着いたのを見計らって夜着にかかる。  夜着は、あっけないほど簡単にずらされて、アラーナはその心もとない衣服に怒りが湧く。  もうちょっと根性みせて!  勿論声には出さなかったが。 「小さいな……」  男の声は別にアラーナを侮辱しているようでもなかったし残念そうでもなかった。  けれどそれがどれほどアラーナを傷つけたか、口元を押さえ、滂沱のごとく目から溢れる水分に男の顔もぼやけて見えなくなったくらいで男はやっと気付いたようだった。 「ち、ちいさい……?」 「あ、いや……」  小さくてもおかしくないだろう。だってまだアラーナは十四歳で身長の割りに細く、体の発達も未熟で月のものだって来ていないのだから。 「なんで……こんな酷い事……するのっ?」 「酷いこと? お前は俺の妾妃なのだから当然のことだろう?」  涙が溢れるまま、アラーナはぽかんと口を開いたまま、男を見つめた。  多分、まだ十代か二〇代に入ったばかりだと思う。妃という言葉を使うからには、国王なのだろうか。  そういえば王は去年亡くなって、王太子がその後を継いだはずだと、世情に詳しくないアラーナでも思い出すことができた。 「妾妃……? 私が?」 「アレント伯爵の娘だろう?」 「そうだけど……」  王は沢山の妾妃を娶ることが出来る。その女達が後宮と呼ばれる場所で競い合い、その中から王の伴侶たる王妃が立后さえるということをアラーナも物語で読んだことがある。女たちは美しさや知識の深さ何よりも王を支えることが出来るものが王妃となると言われているが、実際は後継である王子を産んだもの勝ちというかなんというか。男の跡継ぎを産みさえすれば、それが美しくなかろうが、少々お頭が軽かろうが関係ないということも真しやかに囁かれている。  なら、私は駄目じゃない。だって、まだ女じゃないのだから。  月のものがきて、大人になり、子供を産む事が出来るということをアラーナは知っている。なのに、この男は王というのに、知らないのだろうか……。それとも、子供にだって手を出す変態なのだろうか……。  変態が王。王が変態。夫が変態。変態が夫。  どれをとってもアラーナはお先が真っ暗だ。  慌てて胸元を隠して、アラーナは告げた。 「変態なんてお断りです」  王は非常に驚いた顔をしていた。だから少しだけアラーナは溜飲が下がった。  一瞬だ。一瞬だけ勝ったようなつもりになったけれど、その後が最悪だった。 「変態で結構、泣き叫ぶ女が善がるのも中々興味がある」  やっぱり変態だったのだと、アラーナは男に背を押さえつけられて、苦しい息の中で衝撃を受けた。  王に夜着の下にはいていた下着を一瞬で抜き取られて、アラーナはこの男が本当に自分を女として扱おうとしていることに気付いた。 「いや――! 子供なんて出来ないのに、そんなことしないで! ……私は……。や……やだ……やだぁ……お母様……おかあさま……」 「子供が出来ないだと? お前病気でもあるのか?」  背中に覆いかぶさり細い背に所有の徴を丹念に施していた王は、気遣うようにアラーナに尋ねた。 「ふっあ……っ! だって……だって……まだ……月のものだって来てない……」  アラーナは、王が固まったまま動かなくなったので、ホッと安心した。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!