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 昨日やってきた自分の妃候補の一人である女性は、何故か王(アルベルト)の渡りを待たずに眠っていた。  王城に来て直ぐの妾妃に会いに来たのは、初めての妃(つま)がどんな女なのか見たかったからだった。  まだまだ慣れない執務に時間がとられて、時間も遅く疲れていたこともあり、とりあえず気持ちよさそうに眠る女の横にもぐり込んだ。最近疲れすぎて眠りも浅く、何度も目が醒めることに慣れていたにも関わらず、久しぶりに朝まで熟睡することができた。  子供のように温かい体温の女は、無防備に胸元に寄ってきたので、アルベルトはとりあえず抱いて眠った。  変な匂いもしない、微かにシャボンの香りだけを纏う女は、アルベルトが目が醒めてもまだ眠っていた。一度寝返りをうち、自分から離れたなと思ったら、寝ぼけて状況を把握していないまま「ここ……どこ……?」と呟いた。反対側、扉の方をみているから、まだ自分に気付いたいないのだと、どれだけ寝起きが悪いんだと笑いが込み上げそうになった。 「いつまで寝ているつもりだ?」  女はやっとアルベルトという存在に気付いたようだ。明るい新緑の瞳がこちらを向いて、驚きに声を上げたが、何故か言葉になっていないようだった。  寝ぼけてはいてもその瞳は素直な色をしていて、アルベルトの好みの色ではあった。そういえば、姿絵ももらっていたはずだが、興味がなかったので見もしていなかった。  明るい茶色に少し赤味がかった胡桃色の髪は年齢よりも幼く女をみせた。たしか十七歳だったが、深窓の令嬢というのは俗世にまみれていないのだろうと、深く考えず、興味のひかれるままに口付けた。  アルベルトの顔が側に寄っても女は逃げもしなかった。  まぁ覚悟の上で妾妃にあがっているのだから、当然といえば当然のことだ。特にアルベルトにとって初めての妾妃だということもあり、閨についての勉強もしているということだった。  初めて聞いた時は、なんだそれは? と思わないでもなかったが、今の自分には確かに女に教えてやる時間もなければ、余裕もないのでちょうどいい。貞操観念がそれほどあるわけではない貴族社会にあって、王の妃といっても処女でなければいけないというわけでもなかった。まぁ処女のほうが好ましいという程度だ。  これから一月の間に女に月のものがきたことを確認するまでは、同じ寝台で寝ることはあっても情をかわしてはいけないが、まぁ最後までやらなければいいだろうとアルベルトは思っていた。  女は近づいてくるアルベルトを凝視して固まり、アルベルトの唇が自分の唇に触れるのを目も閉じず、寄り目になって見つめていた。  口付けに 寄り目 何その新しい反応は!  気がつけば笑っていた。しかも爆笑だ。  だめだ、ツボにはまった……苦しい……。 「ちょ、ちょっと! 人に無理やり口付けといて、どうして笑っているの!」  子猫がシャーといって怒っているようにアルベルトには感じた。可愛くて、たまらない。 「だって……だって、お前……。目が寄り目に……あはははは――」  こんなに表情筋を使ったのは何年振りだろうか、頬の筋肉が痛い。  思う存分笑い、腹も頬引きつりそうになった頃、女の小さな吐息が聞こえた。 「ふっ……」  アルベルトの目の端にいる子猫が、泣いていた。  何で泣いているんだ? とアルベルトは訳がわからず、驚いた。 「う……うぅ……」 「おいっ、泣くな。泣くんじゃない」  女は、子供のように泣いていた。  アルベルトは、あまり女に慣れてはいなかった。母親は早くに亡くなっているし、女兄妹もいない。唯一いる女といえば乳姉弟だが、あれはは泣くような女ではない。教育係に高級娼婦のいる館に連れて行かれて、やる事はやったが、それはあくまで処理といったような割り切ったものだった。 「泣くのを止めないなら、泣けないようにしてやる」  困った末に出た解決策が押し倒すという愚挙であったことは、その後のアルベルトの反省せざるを得ない点である。  無防備に寝台に転がった女に「お前は俺のものだからな」とその所有の在り処を伝えたが、何故だか女は泣きながらも不思議そうな顔をした。 「んっ……やっああ」  口付けると女は驚きながらも逃げようとする。だから覆いかぶさって、腕の間に閉じ込め、しつこいくらいに口の中を蹂躙した。女の温かい体温はアルベルトを確実に狂わせて、執拗に責めてしまった。苦しそうに顔を歪めるから、髪を撫でると女は静かになった。涙をそっと拭うと、体から力が抜けていった。  アルベルトは、女が自分を受け入れていると、信じて疑わなかった。  唾液が混じりあい、受け入れる体勢ではあったものの女はそれを飲み込めずに、苦しそうに咽てしまった。  それが余りに愛しくて、堪らず背中に手を沿わせた。撫でると女はやはり力を抜き、迷い揺れる瞳でアルベルトを見つめた。  欲しい――。  アルベルトは淡白なほうだった。大人になってからは、何度か女を抱きはしたがのめりこむこともなく「本当にあなた十代ですか」と教育係を嘆かせたものだ。気持ちがいいのはいいのだが、初めて会っただけの女に口付けるという行為がアルベルトのなかでは有り得なかったのでしなかったし、気持ちがいいからといってその行為が好きかといわれたら、まぁいいかという程度のものだった。  だから、王妃の候補となる妾妃の選定には時間が掛かったという。いくら女を後宮にいれたとしても、通わなければただの金の捨て場所だ。  美しく、賢いだけではなく、胸が張り、腰がくびれ、アルベルトが骨抜きになるほどの女を用意したと言っていたのに、どうやら何人かのうちの一人はこの女だったのだろう。美しく賢いのかもしれないが、胸も張っていなさそうで、細くて腰もくびれがそれほど強調されてはいない。  だが、アルベルトが衝動で『欲しい』と望んだのは、この女だった。  女の夜着を肩からずらすと、胸が見えた。 「小さいな……」  思わず呟いてしまうほど、ささやかな谷間だった。真っ白な胸元とピンクの小さな頂きが愛らしいが、あまり……そう、世の男が喜びそうなものでもなかった。  子猫のような可愛らしさが先にアルベルトを魅了していなければ、きっとがっかりしただろうと思う。  この胸は、そのうちきっと姿を変える。アルベルトの愛を受け、子供を身篭ってしまえば、もう見ることが出来ないだろう。まるで誰の足跡もついていない新雪のようなその情景を目に焼き付けようとしていたが、ふと顔を上げると女はアルベルトを涙で見えないままでジッと見ていた。流れる涙できっとアルベルトの輪郭くらいしか見えないだろう。 「ち、ちいさい……?」  女は、言葉を詰まらせながら、アルベルトに尋ねた。 「あ、いや……」  アルベルトは、女を傷つけたことに初めて気がついた。だが、小さくないとか大きいとか、それが嘘であることは女にもわかるだろう。アルベルトは常日頃から、思ったことは言えと王を補佐する者達に命じていたが、それがこんな酷なことだとは思ってもみなかった。 「なんで……こんな酷い事……するのっ?」 「酷いこと? お前は俺の妾妃なのだから当然のことだろう?」  女は情事を酷い事だと責める口調でアルベルトを詰った。だから、アルベルトはそれが当然のことであると女を諭したつもりだった。 「妾妃……? 私が?」 「アレント伯爵の娘だろう?」 「そうだけど……」  女は自分が妾妃であることを知らないようだった。まぁそういう風にごまかし、娘を後宮に送る親もいるのだが、アレント伯爵はそういうたぐいの男ではなかったから、アルベルトも困惑してしまう。  慌てたように胸元を隠した女は叫んだ。 「変態なんてお断りです」  王の息子として生まれてきて、王として君臨したアルベルトが『変態』と呼ばれたことなど勿論ない。それが、初めて可愛いと欲しいと思った女であったから、アルベルトは驚きながらも平然と答えた。少しだけ苛めてみたいと思ってしまったのは、まだアルベルトが大人になりきれていなかったかもしれない。 「変態で結構、泣き叫ぶ女が善がるのも中々興味がある」  その言葉に女は逃げようと背を向けたから、アルベルトはその背を押さえ胸と同じように真っ白な背に口付け、吸い付くと、赤い徴が花のように浮かんだ。  こんなことをするのは初めてだったが、アルベルトは器用にいくつも背中に華を彩っていく。唇が触れるたびに背中を震わせる女がやはり愛しい。静かにしていた女が暴れ始めたのは、夜着の下の下着を抜き取った瞬間だった。 「いや――! 子供なんて出来ないのに、そんなことしないで! ……私は……。や……やだ……やだぁ……お母様……おかあさま……」 「子供が出来ないだと? お前病気でもあるのか?」  叫ぶ様が余りに幼くて、アルベルトは自分が酷い事をしているような気になってしまう。けれど、女がこの寝台にいるということは、アルベルトのものであり、その子供を産むためにいるということなのだ。  けれど、余りに子供じみた母を呼ぶ声に手を止めた。  子供が出来ない? 歳の割りに細いとは思うが病気をもっているようには見えなかった。  戸惑うアルベルトに、女は信じられないことを告げた。 「だって……だって……まだ……月のものだって来てない……」  アルベルトは、自分の全身から冷たい汗が流れるのを感じた。
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