結尾部 ~report after the starategy~

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 秘密情報部こと、後にMI6という名でむしろ知られる組織は、むしろ国外の諜報活動に従事すべき組織である。  対し、MI5こと保安局は、その諜報活動のベクトルは国内に向けられている。それが意味するところは、つまり。 「超法規的なものを裁くためには、同様の存在が、カウンターが必要、ですか。必要悪、という概念に近いんですかねぇ、それ。秘密情報部なる組織が国家だの世界なんて言う大スケールでは重要な組織であることは、わたくしにも分かりますよ。そして、彼らが中々にきな臭いことを国家の正義とやらを御旗に、好き勝手やっていることも、現在進行形で体験中です。まっとうな精神の持ち主であるのなら、この状況は決して健常とはいえないでしょうねぇ……」  しかし、と少女は逆接した。 「保安局と言う組織が、いわば母組織である国家にも秘密裏に独自の戦力を蓄えるという計画なんて、それこそ秘密情報部と同じ穴の狢なのではありませんか? 第一、MI5だの6だの、数字が違うだけで大英帝国に奉仕するという基本理念は同じように思われますが。……わたくしには、あなた方の社会とかいうシステムにおけるあれこれついて、未だに良く分からないんですよ」    どこかノスタルジックに呟く少女を、雲の陰間から差し込む月明かりが照らし出す。    青白く、厭世的な人格に、その能力に見合わないほどに華奢な矮躯。  それを生み出したのは、何も劇的な舞台ではなく、この英国における影。いや、日のあたる世界の住人が寄り付かない異世界である。  すなわち有り触れた退廃地区が、彼女の生誕した世界だった。本来であれば、あらゆる物語の中核に関わることが絶望的な筈だった存在。それがその少女のルーツだった。    ジルと言う名で今は呼ばれているその少女の鼻孔を、夜風がくすぐった。霧の町とばれる街に似つかわしい香り。  彼女はそんな匂いが嫌いだった。  それでいて、どこか腐臭が満ちた世界で生きる人々は、少女の知的好奇心の対象でもあったのだった。 「ふむん……。そろそろ、お暇します」    どこか気分を変えるように、その少女はそう会話を打ち切ることにした。 自身の手で幕を閉じることにしたのだった。 「どうせなら日中に来るべきでしたかねぇ。あの人の淹れてくれるお茶は、わたくしも好きですし。……いえいえ、起こして頂かなくても結構です。あの人を酷使しないであげてください。鬼ですか、あなた。    ……えぇ、清廉潔白な味方とは言いませんが、最初に拾ってもらって恩に仁義を感じる程度の教養はありますよ、わたくしにも。ですから、あなた達の遊戯がこの世界をどのように展開させていくのか、わたくしも特等席で楽しませていただきます。そう、あなた達のほざく正義とか美学とか、そういう曖昧に過ぎるものの実態を、わたくしなりに解明してみたいですしねぇ」  それこそ、まるで探偵小説の一登場人物にでもなりきって。    どこか白く見える吐息と共に、少女は窓枠から外界に乗り出すようにした。まるで、これから広大な自然に飛び立とうと身をよじる夜鷹のような姿。それは、幻想的な美しさと共に、寂寥感を内包していた。    そんな少女の背中を、彼女は見守っている。  少女は、振り向かないままに、言う。 「では、しばしのお別れをば。あなたの今後のご健康とご武運? とやらをお祈りしますよ。ねぇ――――、      スカーレット様」 The multilayer story is the end.  
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