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「候補は、レイラ・M・ナイトリーを筆頭に、カートライト関係者三人とガエルというヴァレットを除くこの屋敷の人間と見て良いだろう」
「……ふむ、現段階では無難な見解ですねぇ。絞り切れた、とは言いがたいですが。でも、人数は多少なりとも減らせてはいる。密室の作り方にも見当がついているんですか?」
「事件現場、と言えば良いんだろうかな、こういったシチュエーションでは。密室状態が事件発覚時まで保たれたとしてだ」
ルーベンは机に背を向け、腰を縁の部分に押し当てた。腕を天板につき、身体を支えた。
「大きく分けて、二つばかりのアプローチをちょっとばかし考えてみた」
「二つ、ですか……」
幾分か興味ありげな声音でJ.Sはそう復唱した。
「要するに、ユージン・ナイトリーとかいう男を、鍵を掛けたまま解体すれば良いんですよねぇ? あと、着火して脱出、と。特殊な装備がなくても、やりようは幾らでもありそうですけど」
「片方の仮説については、炎の広がり方を考慮して、すぐに取り消すことにした。で、今おれ達が持ちうる情報内で答えを出すのなら、残った一つの方で正しいだろう、と。まぁ、結論を出すにはまだ早いから、あくまで参考さ。下手に凝り固まった仮説を持つと、視野が狭まっちまう」
あくまで自分は現実を可能な限り観察報告する人間であって、現実味たっぷりな仮説を拵えるのは専門外だ。少なくとも、ルーベンはそういうスタイルを理想としていた。
「……うぅん」と、フード下の顎先に指先を伸ばして、J.Sは言う。「その残った方法……ですけど。あなたも含めた第一発見者達が、扉を開くその直前まで犯人は室内にいた、という方向性ですか? 部屋や人々の動向前後を見る限り、子供だましな手法ですけど、ありますよねぇ。協力者なんかの是非はさておき、かなり明確に脱出する術が」
「まぁ、多分君も考えているようなやり口だと思う。その気になればおれがあの場で解決……すると、ジェラルド・フィッシャーって男は何者だよって話になるか」
ルーベンは愛想笑いを浮べたはしたが、ほんの少し引き締め直した。
「もっとも、ゴートン邸にはガエルというヴァレットが使ったような予備の鍵束がある。基本自室の鍵は各人に委ねられているんだが、そういう母鍵あたりの存在まで考慮すると、幾らでも仮説が作れてしまうのが少々厄介だな。というか、犯人候補が一気に増えてしまう」
「そういったものがあるのなら、奪った後に元の位置に返せさえすれば、誰でも犯行は可能でしょうねぇ、そりゃ。例えば、まさにそのガエルさんとか。ゴートン邸関係者は特に怪しくなる。まぁでも……あぁ、炎の燃え広がり方云々であなたが捨てた第一のアプローチもそういう……」
J.Sも、児戯程度にその殺害方法については、ルーベンと似たような答えに辿り着いているような素振りを見せた。くふふ、と件の笑い声。
「わたくしも直接飛び入り参加したくなってきましたねぇ……。ですが、そろそろお暇しませんと。こうしている間に屋敷に潜んでいた外部犯が逃走していた、ではあまりにも興醒めですし」
「あぁ、本部との仲介も折を見て頼む。それと――」
「レイラ・M・ナイトリーの捜索も、お任せ下さいませ」
フードの下で、艶めかしい唇が弧を描いた。ルーベンは任務に関する諸々の不満を抱きつつも、相棒には恵まれたな、と同様に口角を上げた。
「――そうだ。彼女はやはり、犯人の第一候補だ。都合良く姿を消すなんて、意味ありげだ」
「気があいますねぇ。でも、その根拠はおありで? わたくしにはありませんよ」
ルーベンは肩をすくめた。窓から比喩ではなく飛び立とうとする背中に対し、ニヒルを気取って眉も上げてみる。
「あったら今頃、諮問探偵が本職になってるさ」
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