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甘酸っぱい。
この形容は恐らくこの場面に相応しいだろう。こんな感じはいつ以来だろうか。
まったく…どうしようもない教師だな。
こうやって、ジェットコースターへの恐怖を共有して。互いに『大丈夫』と言い聞かせ合って。これをなんと呼ぶかは知っている。だが、それは決して口にしてはならないのだ。
いつからだったのだろうか?
もう随分前からきっと分かってはいたのだ。気付かないふりを続けていただけで。こうなる随分前からもうこの気持ちは…ここにあったのだ。
『舞くん』と初めて呼ばれたあの日に、私はどこかで、この気持ちが芽生えたことに気付いていたはずだ。
だが、そんなわけはないと何度も知らぬうちに打ち消した。許されぬと知っていたからだ。
でも。もう、それもどうでもいい。
こうしていたいのだ。彼女の隣で。
「お待たせ致しました!!」
元気の良い女性の声。
それが遊園地のスタッフのものだと気付くのに数秒かかった。
ああ…そうだった…
現実に引き戻され、恐怖倍増である。
ふと隣を見ると顔を強ばらせ、更に『怖いです』とその顔に書いた彼女がいた。
「やめとくか?」
「…やめない」
わりと頑固だ。
そんなに怖いのならやめたらいいのに。
だが、その言葉は飲み込む。
「大丈夫だ。心配するな」
少し…声が震えた気がするが、気にしないふりだ。
「…うん」
弱々しく消え入りそうな声とともに、私達はリングへ向かう。
大丈夫だ…
この試合はさほど長くはない。
それに…死ぬわけではないのだ。
そう。死ぬわけでははない。
シートに座り、安全レバーが降りる。
試合開始のゴングは近い。
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