秘密

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こんなにも他愛もないことが楽しい、幸せだと思える。これだけでも生きていてよかったと思える。 残り少ない人生の中でもっとこんな日が増えたらいいのに。 もっとたくさん…こうやって… 過ごせたらいいのに。 「舞くん?どうして泣いてるの?」 「えっ?」 あれ…なんで泣いてんだ…どうした? あれ…止まんないな…参ったな… 「いや…大丈夫だ…ちょっと…あれだ… 目にゴミが入っただけだから…」 「舞くん…?」 「本当に…それだけだから…」 言い終わらないうちに、ふわっと優しい香りに包まれた。穏やかで、温かい。 抱き締められていると気付くまでに数秒かかった。止まらない涙が、彼女の肩に落ちていく。 「大丈夫…大丈夫だから」 心の奥まで染み渡ってゆくようなその声に応えるように、私の涙は流れてゆく。 ああ…やっぱり…怖いんだよな… 死にたくなんかないんだよ… まだ、幸せな時間を過ごしていたい… しかし…みっともないな… 生徒に抱き締められながら泣いて、やっと自分の気持ちに気付くなんてな。 「ありがとう、佐倉」 「うん…って!あっ…えっと!って… ああ…ごめん…」 彼女は、飛び退くように体を離し、顔を真っ赤にして俯いた。 「いや、俺こそごめん… びっくりしたよな?」 「うん…」 「ちょっと…疲れてんのかもな…」 「そっか…」 まだ言えない…誰にも言えない。 いや、言いたくないのかもしれない。 現実として自分に襲ってくるものを、まだ受け入れたくないのだろう。 いつか話すから…もう少し待ってくれ。 「さて… 飯も食ったし…次はどうする?」 「ああ…うん… どうしようか…うん…あのぉ… おね…お化け屋敷…かな」 「…うん、行こう」 全くダメダメな教師だな。本当に。
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