背中に映った2文字

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 「続いてはモーニング星座占いのコーナーです」 朝。今日は普段より早く起きて、時間を持て余していた。持て余しつつも、何気なしにテレビのニュース番組を観ていた。『モーニング星座占い』なる星座占いのコーナーが始まった。ひとつの捻りもない直球のコーナータイトルが逆に新鮮だ。ランキング形式で上位の星座から発表されていく。アナウンサーの女が10位まで発表した。俺はカニ座である。何も威張っていうほどのことではないが、俺はカニ座である。そして、カニ座というワードをアナウンサーはまだ口にしていない。つまり、次に呼ばれなかったらカニ座は最下位ということだ。ちなみに、最下位を争っている星座が何かはわからない。集合写真を貰ったら自分を一番最初に探すように、自分の星座にしか興味がないのだ。 「11位は、カニ座のあなたです」 持っていたグラスを天高く突き上げた。唐突に出てきたグラスに読者の君は驚いたかもしれないが、俺はグラスを持っていた。牛乳を飲んでいたのだ。朝はやっぱり、牛乳だよな。しかしまあ、最下位を免れたことが嬉しい。1位より嬉しいかもしれない。実際には、今日この時に1位を経験したわけではないから、本当に1位より嬉しいかどうかはわからない。だからこそ、語尾に「かも」と付けたわけだ。こんなことはわざわざ説明しなくたっていい。グラスを高い位置のまま傾けて顔を上げ、少量の牛乳を飲みほした。 「カニ座のあなたは、カニ座同士でぶつかることがよくある一日になるでしょう」 そりゃあ11位なんだからいいことをいってくれるわけないか。口論はできるだけしたくないものだな。しかし、相手に寄り添って慎重に行動すれば問題ないだろう。 「12位は、ヤギ座のあなたです。ヤギ座のあなたは……」 俺たちカニはヤギと戦っていたのか。ヤギがカニに負けるとは、カニの俺もびっくりだよ。海で試合が行われたのかな。カニの戦法として、まずはヤギの毛をはさみで切ったのだろう。皮膚が露わになり恥ずかしさを覚えたヤギは逆上し、周りが見えなくなった。その隙にカニがヤギの角を切り取ったのだろう。あれ?ヤギって角あったよね?モーニング星座占いを終えたアナウンサーの下へADらしき男性が原稿らしきものを右手に近づいていく。あ、つまづいた!男性がアナウンサーとぶつかった。占いの、カニ座同士が「ぶつかる」って、物理的にかよ。意見の食い違いとかじゃないのか。ってか、あのアナウンサーもカニ座だったんだな。どうでもいいけど。でもカニ座じゃなくて、たまたま普通にぶつかった可能性もあるけどな。でもそうなってしまうとここからの文章の展開がスムーズにいかなくなるから、そこはスルーしてくれ。カニ座の俺に免じて。  ズボンを穿いて外へ出る。さっきまでの俺はTシャツにパンツという恰好だったのだ。できるだけ出たくないが、外へ出た。人が外へ出る理由は様々だ。例えば、通勤・通学や運動するためなどだ。俺が外へ出た理由は、通学のためだ。外へ出る理由の例えとして、一つ目に出した通勤・通学がそのまま理由として使われるとは思わなかっただろう?これが裏切りというものだ。冬にTシャツだけでは寒すぎた。歩く。曲がり角。胸の辺りに、サッカースクールに通い始めて半年経った8歳のシュートくらいの衝撃を受けた。9歳でもいい。下を見ると女子高生が後ろに手をついてうなだれるように倒れていた。 「いったいなぁ!」 女子高生の「いったいなぁ!」が聞けた。 「ごめんなさい。大丈夫ですか?」 「大丈夫じゃないよ!ちゃんと前見て歩け!」 女子高生の「大丈夫じゃないよ!ちゃんと前見て歩け!」が聞けた。走っていて前を見ていなかったのは女子高生の方だ、なんてことはもはやどうでもいい。まるで漫画のような展開に俺は少々浮足立っていた。これは一応小説という体を取っているので、漫画のような展開が起きても不思議ではないが。女子高生と目が合った。女子高生は、ベーコンエッグトーストを咥えていた。女子高生に右手を伸ばす。 「本当にごめんなさい」 「もういいよ」 女子高生が自分自身の力で立ち上がった。地面に落ちた鞄を拾い上げて砂埃を払っている。 「じゃあ、遅刻したくないから私もう行くんで」 女子高生が目も合わせずにそう言ったかと思うと、俺の視界から消えていた。振り返ると、女子高生の背中が見えた。 「ちょっと待って!」 居酒屋店員が一発で注文を取りにくるほどの大きな声だった。女子高生が振り返る。俺は続けてこう言った。 「なんで、ベーコンエッグトーストなの!?」 女子高生は表情を変えずに俺を見ている。 「こういう時に女子高生が咥えてるのって、普通のパンじゃないの?」 「ベーコンとエッグを焼いてパンに挟む余裕があったのかよ!」 「できるだけおいしく食べようとするな!」 思いの丈を、ぶつかった女子高生にぶつけた。女子高生は微笑を浮かべながらこう言った。 「好きだから。ベーコンとエッグとトーストが。」 好きだから、か。ベーコンとエッグとトーストが好きだから、か。世界で1番最初にベーコンエッグトーストを作った人もそうだったんだろうな。走る女子高生の背中を見送りながら「今日の昼飯はパンだな」と、俺は思った。  
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