序章 クロノス・カタストロフィ

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序章 クロノス・カタストロフィ

誰もが、ひざまずいていた。 全能の王、クロノスに文字通り、全員が、一人の例外もなく、ひざまずいていた。 空間魔法、召喚魔法、星座魔法、三種の魔法を極めた三人の賢者すら、王の顔を見るのも恐れ多いという顔をしていた。 巨大な龍すら膝を屈し、身震いし、声をもらすのも恐ろしいというように、ただじっとしていた。 クロノスの隣には、すっかり虜になったような表情の少女が二人かしづいている。 絶大な崇敬を集める全能の王は。 あどけない顔をした少年だった……。 黒髪で、鼻はそんなに高くなく、癖毛で、背は伸びはじめ、というような様子だった。 けれど、大仰な鎧も、王冠も、決して分不相応には映らない。凛とした表情は、まさに王にふさわしい。 「王よ、誠に御大成を」 空間魔法の賢者が声を震わせる。 クロノスは、小さく首を振った。 「まだ、終わっていない。僕にも過ちはあったのだから」 「王よ、あなたはついに、一つの間違いも犯しにならなかった。完璧な王だ。過去現在未来、すべての悪を処断し、完璧に平和で貧困も苦痛もない理想郷を作ってしまった。我らは、あなたに何を返せばいいというのでしょう?」 「見返りはいらない。この世界が見返りなのだから」 クロノスは頰を少しだけ染めてクスクスと笑った。 直後、冷笑が響く。 金色の宮殿が、奇妙に揺れた。 「おうおうおう、完璧でしたとも? 嘆かわしいほどの完璧さでしたとも!」 空間魔法の賢者が振り返り、ぎろりと睨んだ。 道化師の仮面を被った男が立っていた。黒いコートの裾を足元でたなびかせ、ポケットに手を入れて唇をほんのわずか、吊り上げていた。 「わかるぞ、悪しき心を持つ者よ。王の処断をどうやって逃れたのか」 「私は敬虔な王の信徒です」 「だとしたら、その不敬な仮面はなにごとか!」 空間魔法の賢者が一喝した。 空気が戦慄いた。男は動かない。 「我が名はシャッテン、王の唯一の過ちの象徴」 シャッテンは、両手を広げた。 「王を責める唯一の権利を持つ者!」 自分に酔ったような言葉が宮殿にとどろき渡ると、いくつもの黒い剣が空を埋めつくす。 三人の賢者が応戦しようと立ち上がるが、クロノスが制した。 「三人とも、下がっていてほしい」 賢者は一斉に道を開け、頭を深々と下げた。 「これだけの数、国民の命を握られている中で、あなたは何もできはしない。あなたは邪悪な王ではないのだから」 「シャッテン、望むなら、僕は命を捧げよう」 「いいえ、命はいりません! 私が欲しいのはあなたの苦痛だ!」 シャッテンは、クロノスの胸元に手を伸ばした。 クロノスの胸にあるのは、歯車の形をした金色のペンダント。シャッテンの右手とペンダントが触れた途端、 世界が引き裂かれた。 文字通り、世界が亀裂を作り、切り離されたのだ。 この日、完璧な統治が終わった。 世界は再び暗黒に包まれる。 『完璧な歴史年表』に、唯一の汚点が刻まれた瞬間だった。
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