序章 クロノス・カタストロフィ

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「この刻印は?  どうも、年代物のようじゃが」   ディアが眉をひそめる。 「ギアスですよ。宣戦の呪縛。あなた、十二匹の召喚獣を一度に使えるのでしょう?  なので、こちらも十二人の召喚師を用意します。そちらの十二対、こちらの十二で、殺し合いをさせるんですよー」 「ふむ?  だが、その十二人というのは?  相手によっては受けるわけにはいかぬな」 「あの、学校にいる猿どもに決まっているでしょう?」   ウリエルがまたけたけたと笑った。   京極とラビニアがあわててあたりを見渡し、司たちを見るとそもそも青かった顔をさらに青くした。  司は、今の言葉を聞くべきでなかったのだとすぐに気づいた。学長があんなことを言うのを、生徒が容認できるはずがない。   司はヤクートを引っ張り出すために、走り出した。   どんな手を使っても、ここから逃げるつもりだった。  影の方まで転がり込むように飛び出すと、ヤクートの色黒な手を取り、引っ張り上げる。ヤクートはうめき声をあげたが、すぐに這い出してきた。   というより、黒い熊が少し手心を加えたようだ。   司はヤクートの大きな体を背負いながら走り出した。   と、ラビニアが息急き切って走り寄ってきた。 「行きますよ!  みなさん、いいから早く!」   司が何かを聞こうと口を開くのを遮って、ラビニアは右手をくるりと回した。   ラビニアが手を振った瞬間、司とヤクートの身体が浮き上がった。それだけでなく、ユリィとディスエルの身体もぷかぷかと浮き上がった。   ラビニアは非常にきびきびとした動作で街から学校へ続く道を歩き出した。   ユリィの息遣いが、正常に近づいていく。   ウリエルから離れるほど、息遣いは平静になった。   町の入り口まで行くと、ラビニアはユリィとディスエルが話を理解できるほど落ち着いたと見たのか、四人を一箇所にまとめて、座らせた。   司はつるつるの床に転げ落ちるように、座り込んだ。 「あなた方は、校則を破ったわけでもなければ、ましてや法に触れたわけでもありません。しかし、退学の危機をお知らせします」   司は三人を振り返った。   三人は言葉を聞いているようだが、話せるような状態ではなかった。 「どういう、ことですか?」 「見たとおり、ウリエル学長は、非常に残忍です。あなたたちは、百パーセント目をつけられました。これから問題を起こせば、貴方がたは殺されます。  預言者にも、全知者にも分からない手口によって、計画的に殺されるのです。そうなった場合、あなた達を守るために退学を勧告せねばなりません」 「そんな、あの人は先生でしょう?」   ウリエルの人をゴミだと蔑むような言葉は冗談だと思いたかった。もっとも、冗談でないのは判っていた。 「何一つ言いふらしてはいけません。見たことを、何一つです。漏らせば、死にます!  いいですね?」 「なんで、あの人が学長をやっているんですか?」   司は苛立ちのあまりラビニアを睨み付けた。   ラビニアはたじろいでいた。 「一番、力が強いからです。彼女は全てを支配したいと思っている。  ですが、支配の中でもがいている限りは駒を潰したりはしません。  幸い、今回のように特殊な場合でない限り、ウリエルは自分より立場が下の人間に大して介入しませんし、興味も持ちません」   司はさらに苛立ちが募っていくのを感じた。 「なんで、誰もなんとかしないんです?  大人の魔道師が束になれば、あんな人!」 「無理だ。やつは殺せない」   答えたのはディスエルだった。 「四年前、私が八歳の時、あいつは百人の大人の魔道師を一人で殲滅した。一瞬でだ」 「幸い、ウリエルは全知や預言者としての性質を持ちません」 「持つ必要がないだけだ」   ラビニアが補足した情報を、ディスエルは鼻で笑った。 「全知の人間はすぐに気づく。自分にあれは殺せないと。だから、やる前から諦めてしまう。最強の魔道師だ」   司はホークが敵だと言っていた存在こそ、ウリエルなのかもしれないと思った。  一瞬で百人も虐殺できる魔道師なら、ホークが恐れても仕方がないのかもしれない。   ディスエルは吐き気をこらえるような顔をしながら、司の手を借りて立ち上がった。 「ウリエルの情報をだれにも言うなだと?  言わないよ。誰にも言うものか」   そのまま、ずるずると足を引きずって逃げるように学校へと向かう。   司はすぐにディスエルを追おうとしたが、ヤクートとユリィが心配だった。  二人の肩に手を回し、医務室に行くことにした。ラビニアはさえぎろうとも、手を貸そうともしない。 「任せました」とだけ言い置いて、ラビニアは騒ぎの中心へと走って行った。   司は二人の身体がずるずると音を立てるのを感じながら、必死で足を前に進めた。   出口のアーチを通り越すと、いきなり学校の中庭に飛ばされた。  その頃には、ユリィもヤクートも立てるようになっていたが、体調はすごく悪そうだった。 「医務室に行こう。歩けるかい?」   司が背負っていた二人に問いかけると、力なく首をふるふると振った。   医務室に行きたくないのか、歩けないのか分からなかったので、司は立ち尽くしてしまった。 「あ、大丈夫。大丈夫だ。俺は、寮に行って休むよ。ごめんな」   ヤクートはのろのろと、空間魔法の塔に歩いていった。
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