序章 クロノス・カタストロフィ

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  司はヤクートの後ろ姿を見つめたが、ヤクートは一度も振り返らなかった。  司はユリィの息遣いを感じて、視線を回した。ユリィは司に必死ですがりついてきた。子犬のように身体を震わせていた。   司はユリィの両肩を持ち、しっかりと立たせた。   ユリィはしゅくしゅくと涙を流していた。   頰も、目元も赤い。 「こ、怖かった。怖かったよお!」   ユリィはわんわんと声を上げた。何事かと、周りの生徒たちが振り返った。司はぎょっとしかけたが、すぐにユリィの手を引いて走り出した。   ユリィはゆらゆらと司についてきた。弱々しい身体だった。本当に小さくて、子犬みたいで、今にも折れそうで。   渡り廊下の所まで来ると、左右に道が別れた。右が時間魔法の寮に続く道で、左が星座魔法の寮へ続く道のようだった。   渡り廊下は、大理石で作られ、ぴかぴかに磨き上げられていた。黒と白のチェックで床が覆われ、壁は、オレンジ色の灯火で一メートル置きに照らされている。   司は色々な生徒に興味津々で見つめられているのに気づいた。   顔が熱くなるのを感じながらも、ユリィを送り届けるのが先決だと、とにかく歩いた。   廊下を渡り終える寸前、前方に生徒が一人、立ちはだかる。   コンクエスタだった。 「デートか?  平井。随分とキスが下手だったらしいな。泣いているぞ」   司はそれどころでは無かった。   コンクエスタの横を急いで通り過ぎると、星座魔法寮に足を踏み入れる。 「おい、声も出せないのか?  どうした?  それでも男か?」   司は気にも留められなかった。 「何か、怖いことでもあったのかあ?  顔が青いぞ!」   コンクエスタのからかいは、全て不発に終わった。   司は他人がこんなにもどうでも良く感じたのは初めてだった。   コンクエスタがぎりぎりと歯を食い縛るのを感じた。   司は他の生徒を押しのけるようにしながら塔の場所まで歩いた。塔に入ると、螺旋階段 あって、司は重い足を必死で押し上げて、登っていった。   三回転くらいすると寮らしいものが見つかった。   星座魔法寮の入り口には、星々の光が織り込まれた垂れ幕が下がっている。司は扉に手を置いた。ドアノブに手を置き、くるりと回すと、簡単に開いた。どうやら、他の寮生が入れないというような仕掛けはされていないようだ。   司は寮に飛び込んだ。   左右、上部、下部に宇宙が広がっている。ぎょっとしたが、それ以上ではなかった。  どうやら、これが星座魔法寮の特徴らしい。ホークの部屋でも、不思議なことはたくさん起きた。いい加減、慣れてきていた。   もしかすると、それどころではないだけかもしれないが。   司は、生徒の一人を見つけた。 「あのう」と、声をかけると、相手は飛び上がるように驚いた。 「僕、一年生なんですが、この女の子の調子が悪いみたいで、女子寮はどこですか?」 「君、女子寮に入るつもり?」   司は答えなかった。 「ああ、それなら、アタシが引き受けるよ。ありがとう」   背後から、さばさばとした声が聞こえた。   司は振り返った。ユリィと同じ青い髪の年上の少女が立っていた。 「エリナ、お姉ちゃん?」   ユリィが怯えたように身体を小さくした。   司は少し不安だったが、エリナという上級生にユリィを引き渡すことにした。 「大丈夫かい、ユリィ。トカゲでも頭から降ってきたかい?  あんたは、本当に怖がりだから」   たしなめるような声に、ユリィは少しだけ抗議したいような顔をした。   声が出ないのか、ユリィは口をパクパクさせただけだった。   司はエリナにユリィを渡すと、横をすり抜けて歩き出した。 「あんた、ありがとね。なにがあったか分からないけど、この子をあんまり連れ回さないどくれ、この子も貴族なんだから」   司は、頷こうとしたが、頭が縦にほんのちょっとブレただけだった。   エリナはぽんぽんと司の背中を叩いた。 「事情は聞かないよ。とにかく、お礼だけを言っておくけどね」   司は、はいと言ったのか言わなかったのか分からなかった。
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