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司は寮に入っていった。
引き続き、歯車が張り巡らされた廊下が広がっている。左右にドアが並んでいる。幸い、ドアノブはあった。
横に名札がついていて、誰の部屋が分かるようになっている。司は自分の部屋を探して走り出した。
目まぐるしく左右を見ていると、コンクエスタ・アレクサンドルという、名前が見えた。司は隣の部屋でありませんようにと思いながら、自分の部屋を探した。隣が司の部屋だった。
司は愕然としかけたが、ひどく疲れて、落胆する手間も惜しかった。
司は自分の部屋のドアノブを触った。
ドアはひとりでに開いた。
司は急いで中に入り、部屋の間取りを確認する。
全体的にクリーム色の部屋で、左側にベッドがあった。ホークの部屋のベッドよりも大きい。ベッドの横には机があって、ベッドと机で部屋はきゅうきゅうしていたが、さして気にならなかった。
ちょうど正面にはカーテンがあって、歩いて行って開いてみると、夜空が広がっていた。
司がベッドに倒れこみ、夜空を見つめた。
夜空の下から、ディアと一緒に見た光の粒子が見える。
虹色の光と、星の光が、煌煌と燃えている。
どこまでも静かだった。
司は目を閉じた。
お風呂に入りたい! と感じて、司は立ち上がった。よく見ると入口の右側に、バスルームとトイレがあるようだった。
司は立ち上がって、扉の方へと歩いた。
カシの木で出来た扉を開けはなつと、広いバスルームがあった。
司はタイル張りの床を歩いて、蛇口へと向かった。歯車型の蛇口をしぼると、かなりの勢いでお湯が落ちていく。
司はお湯を触ってみた。皮膚がビリビリするような熱さだった。
司はバスタブにもたれかかってずるずると座り込む。
疲れた……。
考えてみれば、ホーク以外の人とこんなんにしゃべったのははじめてだ。
ホークとしゃべった時も、これくらい疲れたっけ? ぼんやりと思考を漂わせて、司は滝が流れるような音を聞いていた。
しばらくぼうっとしていると、パーカーのフードが濡れそぼるのに気づいた。司は慌てて体を起こして、お湯を止めた。
ここで、重大なことに気づいた。
着替えがない。
ここに来る時はスーツケースを持っていたが、こちらに転移すると同時にどこかに消えてしまったらしい。
いろんなことが起きすぎて、すっかり忘れてしまっていたが、これは重大なことだ。
司は、ぽりぽりと頭を掻く。
ぼうっとしていると、かたりと音がした。
入口の場所に、スーツケースが忽然と現れた音だ。
ぎょっとして、身体を硬くしたが、どうやら自分のもので間違いないし、変な魔法がかかっているわけでもないようだった。
司は、スーツケースをゆっくりと開けてみた。
中身はホークが用意してくれたのだろう。
衣服が数着ある。
司はパジャマを引っ張り出して、バスタブを振り返った。
バスタブを隔てて向こう側に、タオルが数枚、置いてある。
脇には、洗濯機もあった。
司は今更ながら気後れをした。
普通、こんなに恵まれた寮はもらえないだろう。
司は狐につままれたような気持ちになった。とはいえ、便利なことは便利なので、司は大満足だった。
もう、別に銭湯に行くために長距離を歩くことはないし、コインランドリーで震えている必要もない。
司は服を脱いで、バスタブに浸かることにした。
今日のことを色々と考えてみた。ヤクート、ユリィ、ディスエルとの出会い。ウリエルとの出会い。頭に浮かんでくる出来事は、全部、新鮮で刺激的だった。
司は、笑いたいような泣きたいような気分になった。
お湯に足を突っ込んで、ざばりと水が音を立てるのを聞く。肩までつかると、身体がぽかぽかとした。
司は、ほうっと、気持ちのいい吐息を吐いた。
そう言えば、明日からの予定や進行を司は全く知らなかった。
どんな状況になるのだろうか?
習う教科は?
時限は?
と、疑問を持った瞬間、空中に紙がひらりと落ちてきた。司はそれを手にとって、濡れないように見つめた。
時間割表、と学生ガイドブックだった。
司は安堵して、目を閉じる。
どうやら、望むものはすぐに浮かんでくる仕組みになっているらしい。ただし、自分が持たないものは浮かんでこないだろう。
司は試しに、百万円が欲しいと、考えてみたが、やっぱり、浮かんではなこなかった。
司は時間割を四つに折って、スーツケースへと投げた。
その夜、司はぐっすり眠った。
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