序章 クロノス・カタストロフィ

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菓子パンをかじりながら、図書館を探した。 駅から降りて、コンビニを出ると、レンガ造りの道に喫茶店や服屋がずらりと並ぶ通りに出た。  司は付近の地理を知っていた。  駅の名前は知らないが、場所は気に入っていた。図書館があるからだ レンガの道をひたすら歩くと、道がどんどんひらけてくる。 区画を四つほど通りすぎると、中央に噴水のある庭が見えてくる。  綺麗に刈り込まれた芝生の上を、犬の銅像と子供の銅像が走っていた。  周囲を、石造りの白い道が取り囲み、道を進むと、図書館の入り口があった。 手動のドアで、とても重厚感のある、茶色に染まっている。 司は、寒さに白い息を吐きながら、急いで図書館に入り込んだ。扉がぎいと音を立てると、中に入っていった。 今日は図書館に泊まることにしよう。 そう思いながら、カウンターの前を通った。ここでも、司はいないもののように扱われたが気にならなかった。  その方が、この場所では都合が良かったし、静かな雰囲気が壊れるのもなんとなく気に入らなかった。 カウンターには、物静かな司書が座って、本をめくっている。 ほかに客はいない。平日の昼間だということを考えれば、それもそうかもしれない。都合がとても良かった。 司は急いで、歴史本のコーナーに向かった。  最近はまっている歴史本コーナーは、十六列ある本棚の十四列目にあった。  司は、この二年間で図書館に陳列されている本のほとんどを読んでいたし、内容もだいたいおぼえていた。 勉強家と言えば聞こえはいいが、司にとって、それいがいの娯楽が存在しないというのが本当のところだった。  ゲームはお金がかかるし、漫画は図書館にはあまり置いていないし、映画館に入ると、体質のせいでひどく面倒なトラブルが起きたりもする。 だから、図書館はとてもいい場所だった。 司は本棚に着くと、一番隅っこの一番下、分厚い世界史シリーズの最終巻を手に取った。 じつは、司には信じられなかった。 過去にこんな歴史が世界に巻き起こったなんて。 世界大戦も絵空事に感じたし、ましてやアレクサンダーの遠征や、ナポレオンの英雄譚もなんだか嘘っぽかった。  本当に優秀な王様なら、なぜ、こんなに無益に人を殺せたのか。 もっと合理的な解決はなかったのか、司はふと、悲しくなってしまう。 ナチス、今で言うドイツの暴走と、衰退もとてもよくできた作り物のお話のように思える。  人が人を差別して、苦しめる意味がわからなかった。  国のトップに立ったほどの人間がそんんなことを思いつく意味に、少しも思い至らない。 今自分がいる日本のことについてもそうだった。 ただ、司は神風特攻の実行隊には、なんとなく理解を寄せたいような気持ちになった。でも、結局、理解できなくて、思考の泥沼にはまってしまうのだが。 結局、完璧な歴史なんて存在しない。 誰一人傷つかなかった。 誰一人悲しみに泣き暮れなかった歴史なんて、存在しない。 存在しないことが、とても寂しかった。 司は、立ったまま、本をめくり続けた。 自分がなぜ、こんなにも世界史に惹かれるのかはわからないし、とても長い悲劇を見ているように感じるのかもわからない。 けれど、自分が悲しんでいると言うことだけはわかった。 司は本を脇に抱えて、読書スペースの方へと歩き出した。やっぱり、誰もいなかった。  気を使わないで済むのは助かる。もっとも、気なんて使う必要はないのだが。 司は、八つある机のうちに、一番窓側の最後列を選んで座った。 本を開き、文字に視線を這わせていると、また没頭が始まった。多分、眠りこけるまでこれは続く。 決して出せない答えを探しながら、いつのまにか机に突っ伏しているはずだ。 今日は違った。 ページをもう、百枚近くめくった時だった。 ちょうど、章と章が切り替わり、近代から現代へと話が移り変わる時に、司は、やけに耳に響く足音を聞いたのだ。 そっと顔をあげると、ホークが気難しい顔をしながら、本棚の間を歩いているのに気づいた。 司は、お礼が言いたくなって、立ち上がりかけたが、すぐに首を振った。 多分、ホークは自分のことを覚えていない。きっと、奇妙に思うはずだ。 一方で、もしかして、という気持ちがあった。 ホークは今まで会ったどの人とも違うような気がした。 話しかける勇気が出ないまま、かといって諦めることもできずに、司はホークの後をこっそり追いかけることにした。
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