序章 クロノス・カタストロフィ

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「全てを知るこの私にカードゲームで戦おうと? 無謀なことを考える人ですね」 ラプ子は、言葉とは裏腹にきらきらと瞳を光らせて、カードを珍しそうに突いたり、つまんだりしていた。 司は、ゲームを机の上に広げて、カードを見比べた。 「これは、何をしたら勝ちのゲームなの?」 「この、赤のカードを使って、相手にダメージを八点、与えれば勝ちです。  もちろん、守るためのカードも存在していますね。青のカード。  そのほかにも、特殊な効果を持つカードが何種類か、これを一斉に出し合って、結果を記録し、八ターンの間、戦う」 「あー、やってみないと分かんないや」 「私は一目見て、どんなゲームか完璧に把握しましたとも。本当に、平井司は頭のネジが緩いんですね〜」 司は、ちょっとだけムッとしたが、ここで口答えをして機嫌を損ねられるとまずい。  司は、ルールブックをぱらぱらとめくり、ルールの把握に努めた。  ルールは結構、シンプルで、だからこそ、拡張性が高いものなのかもしれないと、司は考えた。 「この、ハイターン、と呼ばれるマス目にカードを置くと、強力な魔法を放つことができます。中級魔法、と呼びます。  中級魔法は、八ターンあるうちの四ターンのうち、三ターンにあらかじめセットしておくことで、成立します」 ラプ子は、版の上で合計八マスあるハイターンを指差した。  赤い斜線でハイターンは記されている。 「そして、ひとつだけ、上級魔法をセットできる、と。  上級魔法はあらかじめ、カードを表替えしておいておかなければなりません。  基本的に、赤いカードで与えられるダメージは一点ですが、中級魔法だと二点、上級魔法では、三点です。  中級魔法は、裁量で選ぶ機会が少ないことが、上級魔法は、すでに手が明かされているのが、リスクになっているようです」 ラプ子の長々とした説明を、司は何とか飲み下した。 「要するに、裏返してあらかじめ置いておいたカードは、能力が高くて、表替えしておいておいたカードはさらに強いってことだ? それで、基本的なルールはじゃんけんみたいなものなのかな」 「その理解でオーケーだと思いますよ」 司が要約すると、ラプ子は少し偉そうに太鼓判を押した。  太鼓判を押してくれたのは嬉しかった。ラプ子が案外、協力的なのが、司にはもっと嬉しかった。 「なに、ニヤニヤしてるんですか? 気持ち悪いです!」 ラプ子は頰をピンクにして、そっぽを向いてしまった。 「ごめんごめん、嬉しかったんだよ」 「女の子に構ってもらえるのがですか? モテない男は辛いですね!」 「うん、もうちょっと自分が魅力的だったらな、とは思うよ」 「天然物のボケですか」 「ボケなんて魚、いたかな」司は冗談を言うことにしたが、上滑りしているような気がした。  ラプ子は空中に目をうろうろさせて、司の言葉を吟味している様子だった。 「どの世界を探しても、ボケという魚はいません。ボラ、とかはいるみたいですが」 「君、魚を食べたことある?」 「私は、物心ついた頃から、水銀ばかりを飲み続けてきました。  あなたが持ってくるような例外の他には、水銀だけを飲んでいれば、基本的に私の体は維持できます。美味しいという感覚や、満腹感は、本来は私に必要ないものなのです」 ラプ子は、水銀をこくりと飲んだ。 「くだらない話をしました。  それより、カードゲームをするとしましょう。  もっとも、私が全力を尽くせば、原理的に貴方は勝つことができません」 「君はなんでも知っているんだものね」 当然、ラプ子は次に司が出すカードが分かるということだ。 「私は全知を使いません。そうしなければ、練習にはなりませんから」 「その方が僕にとってもいいかな」 「結構、では始めましょうかね」 ラプ子と司はカードを一斉に取った。赤いカードが四枚、青いカードが三枚、紫のカードが一枚、白いカードが一枚、という構成になっている。 「最初に、中級魔法と上級魔法をセットします」 ラプ子の指示通り、司はハイターンに、合計四枚のカードをセットした。  ハイターンは、一ターン置きにやってくるようだった。  ここに、赤いカードや、青いカードをセットすることで、効果がアップする。 司は、慎重にカードを置いていった。 ラプ子はなにも考えていないかのようにおざなりにカードを置いていった。 「では、上級魔法を一斉にオープン」 ラプ子の指示で、司はカードを一枚、表替えした。 「あとは、じゃんけん方式で適宜カードを出していくのです」 「じゃあ、このカードにしよう」 「では、私はこれです」 二人はカードを裏返して置き、一斉にオープンした。 「なっ、なんですと?」 ラプ子は結果に驚いたのか、じっと盤面を見つめた。  司は青、ラプ子は赤を出していた。青は防御で、ラプ子の攻撃は防がれたことになる。 「ふ、ふふふ、初心者にしてはやるようですね」 カードを次々出していくのだが、その度にラプ子は不機嫌になっていった。 四ターン目以降になると、今度は司がことごとくカードを見破られた。 「君、全知を使っているだろ?」 「言いがかりはやめてください。  貴方が初心者らしき行動をしないからいけないんです」 「自白したも同然じゃないか。練習にならないから、普通にやってくれないかなあ?」 「嫌です。負けるのキライ」 ラプ子はべえっと舌を出した。 脱力感が肩にかかるのを感じたが、司はすぐにカードを並べ直した。 「勝てないと分かってもやるのですか?」 「そりゃあ、やるしかないでしょ」 司はカードをまとめて、顔の前に持っていく。  じっと、カードを吟味しながら司はラプ子に勝つ方法を考えた。  全知のプレイヤーに勝つことは、できないと言っていいだろう。 「私は、人が認識した世界しか、見通すことができません。  ディスエルという女生徒は全知の才能を時々ですが発動させることができます。  発動時のディスエルも一緒です。  人が認識するものしか認識できない」 ラプ子の示唆に、司は首をかしげることしかできなかった。 「これ以上のヒントはあげません。そろそろ、街に行った方がいいですよ」 ラプ子はぷいっとそっぽを向いて、水銀をごくごくと飲み始めた。 「ありがとう、君。助かったよ」 ラプ子はしっしと手を払う仕草をした。 司は、耳の裏を掻き、ラプ子に手を振って歩き出した。 外に出ると、もう空が紺色をまとい始めていた。後者は、水色に染まり、魔法の粒子を放射して、七色の光を発している。 司は、天空に浮かぶもう一つの地球を見上げた。前よりも近づいている気がする。  ぶつかったりしないだろうか。  少し心配になりながらも、今はディスエルを探さなければと、司は街に続くアーチをめざした。 14 夜に見る街は、イルミネーションを施されたように光り輝いていた。  ここにも、学校と同じく、魔法の粒子が浮かび上がっている。  紺色の空と、金色の歯車、透明な天球、白い十字架の塔、ぐにゃぐにゃ形を変える無色の建物。 魔導師たちは、賑やかに行き交いながら、すでに慣れきってしまったのか、おかしな空の下を歩いていた。 賭博場はどこにあるのだろうと、司は視線を巡らせた。  真っ当なところにあるとは思えない。まだ、ブレスレットをもらっていない頃、夜の街を歩いていた司は、知らないうちにいかがわしい街に入ってしまったことがある。 経験則的に言えば、どんどん裏道に逸れていけばいいと云うことだが、そのあとは一体どうすればいいのだろう。 司は、じっと顎に手を当てて、考え込んだ。 「ねえ、君はどう思う?」 ペンダントの中の自分に話しかけると、自分は右側に指を差した。  司は指示に従い、道を折れた。  暗い路地に入り込むと、道の奥に、オレンジ色の光が三つ灯っているのが見えた。 司は光を頼りに歩き出した。 一心不乱に歩いていると、オレンジ色の光は少しずつ近くなってくる。  司は、扉にはめ込まれた窓の桟から、光が漏れ出ているのに気づいた。 司は、いびつな形のドアノブを手に取った。  鈍色に塗装されたドアノブは少し重かったが、握力を込めて回すことで、あっけなくドアは開いた。 司は、体を光に浸して、中に入った。 カジノのような場所だった。 部屋の中心に、ルーレット、端っこにダーツ、奥にはカウンターがあり、小太りの店主が酒を振舞っていた。 司は、ディスエルの姿を探した。 酒臭い店内には、同じく酒臭い男たちがたむろしていた。 司は石の中からダイヤモンドを拾うような気分で、ディスエルの姿を認めた。  ディスエルは大勢の男たちが取り囲む中、椅子に悠然と座って、カードを捌いていた。  対戦相手の男は、青い顔をしながら、同じくカードを捌いている。 「終わりだな」 ディスエルはゲームが終わらないうちに、カードを投げ出した。  対戦相手は意外なことに、異を唱えなかった。 ディスエルは男が持っていた硬貨をもぎ取ると、次の相手を望むように辺りを見渡した。 ディスエルも司に気づいたのか、顔を強張らせた。 司は臆さず、ディスエルのいる方向へと歩いた。 「僕と勝負だ」 「おい、坊主、金は持ってんの?」 男の一人が、怪訝そうに司を見る。  司は、ポケットから金貨を何枚か取り出して、机に置いた。ディスエルは金貨を見下ろし、次に司の顔を睨みつける。 「なんのつもりだ? 平井司」 「君を説得しにきた。君の協力が必要だ」 「はっ! ありえない。私に、ウリエルと事を構えろと言いにきたと云うわけか?」 司はうなずいた。 「そんな賭けに乗る理由はないが、君に私を倒せるとは思えない。気が済むまでやるといい」 ディスエルの表情は怒りを通り越したのか、蒼白だった。  慎重にカードを捌き、ディスエルはぱちりぱちり、と音を立てながら、カードを机に置いた。  ディスエルは見事な仕草で、カードを表替えしたり、裏返したり、シャッフルすると、順番にカードを表替えして置いた。 赤四枚、青三枚、白三枚、紫一枚、の順番で、示し合わせたようにカードが場に出された。 「ルールは知っているのか?」 「素人ではないよ」 「結構、じゃあ、こんなパフォーマンスをする必要もなかったな」 ディスエルはカードをさらうようにまとめ、手元に置いた。 司は男性が残していったカードを手にとって、ディスエルの向かい側に座った。 司とディスエルは、中級魔法、上級魔法を場に出し終え、一斉にカードを置いた。 「気をつけろ、兄ちゃん、こいつの勝負所での勘は半端ねえぞ」 負けた腹いせなのか、親切なのか、男性は忠告をしてくれた。 司は、ピンと来た。 ディスエルは追い詰められると、全知を発揮できる。  ディスエル自身も自分の全知には気づいていない。だから、男たちも類い稀な勝負勘、としか思わない。 ディスエルの全知を、どうやって、崩すか……。 司は、カードを見下ろした。 「行くぞ!」 ディスエルは、突き刺すような瞳で司を射すくめ、カードを置いた。  司は、自分のハイ・ターン・カードの上に手を置いた。 カードを一斉に表替えすと、ディスエルがほくそ笑むのが分かった。 司のカードは、赤、ディスエルのカードは青。 見事に攻撃を防がれた。 司のカードから巻き起こった炎を、ディスエルのカードから同心円状に広がる防壁が防いだ。 司、ディスエルの攻防は、確実にディスエルの優勢で進んだ。ディスエルは、カードを出すたび、笑みを濃くしていった。 少しも歯が立たない。 司は、最後のカードを震える手で、出した。 ディスエルはカードを投げ出し、「終わりだ」と言い捨てた。 その通りだった。すでに、ディスエルの勝ちは決まっていた。カードを出しても、何も変わらない。 ディスエルは、司を置いてきぼりにして店を後にしてしまった。 「まあ、落ち込むな兄ちゃん、あいつはちょっとおかしいんだ」 面倒見のいい性格なのか、ディスエルに敗れた男性は、司の肩をばしばしと叩いて、励ましてくれた。 「あの、勝てるようになるでしょうか? あと一日で!」 「そりゃあ、無理だ。あいつはこの店で最強だし、お前さんはどうやら素人だろ? 一年くらい練習すれば、どうなるかは分からねえけどよ」 「いえ、一日で勝てるようになりたいんです!」 「その兄ちゃん、何か訳ありのようだね」 司がいきりたちながら迫ると、マスターがコップを拭きながら呟いた。 「いいじゃないか、教えてやりな。ただし、今日は眠れないと思うことだね」 マスターは続けて云うと、コップに息を吹きかけた。 「だとさ。じゃあ、俺が教えてやるか」 男性がディスエルが先程まで座っていた場所に、腰掛けて、カードを手に取った。 「いいか、目の前の結果に一喜一憂してちゃ、このゲームには勝てない。防がれたとか、攻撃が当たったとか、一切のことを忘れて、勝利への道筋を見続けなければならない」 「あの嬢ちゃんが言っていたのを丸パクだ、ダメだこいつ」 客の一人が呆れ切ったように呟いた。男たちは、みんな髭面で、いかにも怖そうな顔をしていたけれど、実は気さくで話しやすい人のように思えた。 「だが、間違っちゃいないよ」 マスターがカウンター越しに、さして興味なさそうに付け足した。 「ええい、ごちゃごちゃ云うな! とにかく、やるぞ!」 「お手合わせお願いします」 司はじっと考えながら、カードを見下ろした。 「いいかい、このゲームも最後にモノを言うのは運だ。  だが、運任せにまで持ち込むには、互角に戦うだけの実力が必要だ。  パターンはそう多くない、まずは、パターンを頭に叩き込め!」 司は頭がぐるぐるとしてくるのを感じながらも、必死でカードを出し続けた。 スパルタ修行は、夜が明けてからも続いた。  司の集中力に、男たちは交代を余儀なくされ、何度も何度も人を入れ替えながら、昼になっても、続けた。 司に酒を飲ませようとした男もいたが、マスターにぶん殴られた。 司は、夜も近づいてきた頃、ばたりと机の上に突っ伏して、動けなくなった。 そのまま、目を閉じる。
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