序章 クロノス・カタストロフィ

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ユリィ・イスフィールは今日、この日、この瞬間から、強くなろうと決めていた。 闘技場の前に集まった十二人。 どこかで見てくれているはずの、平井司。 戦いが終わったら、謝ろう。 きっと、司も謝ってくれる。 お互いが悪かったから、お互いが謝れば、きっと元通りになれる。 ユリィは肺の深く奥の奥まで、空気が行き渡るように、一つ、深呼吸をした。 準備はしてきた。司のような戦術を目指して、まだ、戦う前に勝つだけの準備はできなかったけれど、自分が殺されないだけの、仲間が殺されないだけの準備は今、万全にできている。 ユリィは目を開けた。 闘技場の待合室には銀色のロッカーが立ち並んでいた。 ベンチに座るのは、主に上級生チーム。 残りは、下級生のユリィと、中級生の三人だった。 あと一人、エリナがユリィの前に立っていた。両手をユリィの肩に乗せて、微笑んでいる。ユリィは、ほとんどエリナを気にしていなかった。ユリィは戦略の確認に余念がなかった。 じっと俯いて計算を巡らせていたから、何を勘違いしたのかエリナはさっきからユリィを励まし続けている。 「不安なんだね? 大丈夫かい? 水は飲まないの?」 答えに割く労力も惜しかった。 ほかの生徒が不安そうにするのも、無意味だと思った。全力を尽くさなければ好転はしない。不安があれば、全力は尽くせない。ならば、何一つ、不安を感じない冷静な精神を保つべきだ。 ユリィは、今、冷静な精神を保っていると確信していた。 「大丈夫だよ。お姉ちゃん、私は大丈夫だから」 やけにしっかりした声が口から出たことに、ユリィは少なからず驚いた。 エリナの心配も、いい加減、精神的なストレスになりかねないと感じたユリィはエリナから離れた。 エリナは心配そうにそわそわしていた。 「平井君なら、慌てたりしない。勝つための全てを尽くすはず。勝ってみせる!」 ユリィはひたすら、繰り返すことにした。言葉は身体中を循環し、細胞や血管を駆け巡って、ユリィを強化して行くようだった。 初めての感覚。 勝利への渇望。 司を模倣することから始まった成長は、ユリィの才能を研ぎ澄ませていた。研ぎ澄まされた才能は、鋭敏になり、この瞬間に至って、最高の鋭さを持ち得ていた。 ユリィは感覚的に、自分の才能が最高潮に上り詰めていることを理解していた。この才能が、ここにいる十一人をはるかに凌ぐことを諒解していた。 ユリィは、ゆっくりとペンダントを操作した。 瞬間、ユリィの周囲に、十二個の歪みが現れ、子猿が飛び出した。 子猿は、ユリィの身体の周りで自信ありげに、きい、と鳴いた。 「そんな役立たず呼び出してどうするんだ?」 上級生の一人が苛立たしげに尋ねた。 「役立たずじゃありません」 ユリィは雑音を跳ね除けるように、ぴしゃりと跳ね返した。 上級生は少なからず驚いた様子で、肩を揺らした。 ユリィは、子猿たちに小声で語りかけた。 「試合が始まったら、相手の召喚獣の名前の全部を忘れさせてね。そうすれば、指揮系統が混乱するはずなの。それだけで、相手は戦いにくいはず。その後は、悪いけど、みんなに戦ってもらわなくちゃならないけど、大丈夫?」 子猿はききっと鳴いて、敬礼したり、ガッツポーズを返したりした。 ユリィは思わず微笑んでしまった。 子猿たちに、餌をやり、ユリィは時間を待った。 ユリィの気持ちが最高潮に固まった時、ユリィの胸元の刻印が光を放った。 「時間、です」 ユリィは振り返った。 指の先が震えている。 ユリィは泣き虫の自分を振り払うように、右腕を払った。 十二人は揃い、闘技場に入る。 ユリィは自分の息が、か細く震えているのに気づいたが、何かの間違いだと思うことにした……。 待合室の扉が開くと、円形のコロシアムが顔を出した。急遽、駆けつけたユリィの母親や父親、ほかの選手の父親や母親、ほとんど関係のないギャラリーもいる。 ユリィは、十二人の選手と一緒に歩き、対戦相手のたった一人を見据えた。 別世界の王、ディア。 ラビニアを殺した犯人。 少なくとも、ユリィは先生たちにそう教わった。 今は、疑う理由もない。勝つためには、義憤も必要だと思うから。臆病なユリィを奮い立たせられる数少ない感情は義憤。利用しない手はない。 ユリィはディアを睨みつけた。 「では、始めちゃってくださーい」 不機嫌なウリエルの声が響いた。 ユリィは召喚魔法を行使した。 ほかの十一人も同じく、召喚魔法を行使する。 全員の召喚獣が出るたびに、会場がどよめいた。 下級生が二人、召喚魔法を終えると、人の体を丸呑みに出来そうな狼が現れた。ぱらぱらと拍手が起きた。 中級生の四人が召喚魔法を終えると、下級生の狼をひねりつぶせるほど大きい、巨人、トカゲ、ライオン、大蛇が現れた。拍手喝采が巻き起こった。 上級生の五人が召喚魔法を終えると、ドラゴンと巨大な鳥類、双頭、鬼神、異形が現れた。興奮のあまり、会場がどっと音を立てた。 ユリィの召喚魔法が行使されると、会場が静まり返った。 ユリィは、特に強力な力を持つドラゴンも、巨鳥も、双頭も、鬼神も、異形も召喚しなかった。 ユリィの従えるのは軍勢。 美しい毛並みの力持ちな鳥が数十匹、可愛らしいが爪の鋭い小獣が数十匹、空をぱたぱた駆ける妖精が数十匹、子猿が十二匹。 会場はユリィが従える軍勢を見て、笑おうか、讃えようか忘れてしまったらしい。 数は素晴らしい。 と、会場の誰もが思っているはずだ。 だが、なんの役に立つというのだ。 会場の全員の心の声も聞こえる。 ユリィは司の戦いを見てからずっと考えていた。 強大な力なんて、本当に必要なのだろうか。敵を殲滅する巨大で暴力的な力なんて、必要だろうか。 本当に必要なのは、小さな個の結集。たとえ、役に立たないと思われるような力でも、寄り集まれば大きな力を覆す。 ユリィの答えは、この軍勢だ。 やがて、波乱を起こしたユリィから、群衆は目を離し、ディアを見つめた。 ディアは空中に手を掲げた。 華奢な両足を中心に魔法陣が展開され、十二個の刻印が地面に浮き出した。刻印はコロシアム全体を包み込み、天を突くほどの巨大さの獣を十二匹、呼び出した。 鼠、牛、 虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪。 巨大なコロシアムを半分覆いつくすほどの巨躯が、十二体。会場中が、絶句していた。 召喚獣が出揃った瞬間、空間魔法が作用して、コロシアムが拡大された。この数の召喚獣が暴れまわったところで、体積も、距離も、なんら問題ないほどの大きさだった。 ユリィはゆっくりと指を天空に掲げた。 「みんな! お願い。星座魔法『サジタリウスの弓』! 星座魔法『ペルセウスの盾』! 星座魔法『アキレスの鎧』!」 ユリィの掛け声とともに、小さな弓矢と、小さな盾、小さな鎧が、軍団全体に完備された。 会場のどよめきと共に、ユリィは指を振り下ろした。 「みんな、お願い!」 軍勢が唸り声を上げ、鼠、牛、虎、兎に突進した。他の十二支の獣は、ひとまず、十一人に任せることにした。 鼠、牛、虎、兎は、やや警戒を強めながら、軍団と相対した。 ディアは指示を出そうとしているようだが、顔が優れない。 ユリィの子猿が、十二支の獣の本来の名前を忘れさせているから、ディアは指揮系統に混乱をきたしている。 相手の虚を突く、習ったことをするだけでいい。足りないところは自分で考えた。 「一斉射出!」 ユリィが叫ぶと、弓を持った妖精たちが、きりりと弦を引き、光の弓を一斉に抜き放った。 弓は無数の流星となって、獣たちに降り注ぎ、体表を穴だらけにした。ディアの召喚獣四体は、不快そうに軍団を睨みつけた。 右手の一振りで、大多数は潰れるはずだったが、サイズにここまで差があると、腕にまとわりつけば、一匹も潰されることはない。 妖精と鳥たちは、空中に蜘蛛の子のように散らばり、めちゃくちゃに四体の召喚獣を攻撃した。小獣は、足に食いつたり、手に食いついたりした。 振り払われても果敢に食らいつき、確実に、相手を追い詰めていった。 ユリィは勝利を確信した。 これなら、他の召喚獣にも負けない。 後は、こちらの十一人が時間を稼いでくれれば……。 ユリィは期待に満ちた心で、他の十一人を見た。 十一人ではなかった。 すでに、四人になりつつあった。 全員が上級生だが、操っている召喚獣は、一匹残らず致命傷を受けていた。 ユリィは恐怖に体がすくむのを感じた。 一体も倒されていない。 もしも、十二匹が殺到したら? ユリィは右手がカタカタと震えるのを感じながら、自分の軍勢を振り返った。 一匹も倒されていないが、だからといってこれからも一匹も倒されないとは限らない。だとすれば、ユリィが勝つ可能性は非常に低いことになる。 甲高い叫び声が響いて、ユリィは現実に引き戻された。 四体の召喚獣は、一斉にドラゴンの息吹を受けて消し炭になった。 ユリィは後ずさった。 「まだ、諦めてたまるもんですか!」 必死で震える身体を奮い立たせた。燃えるような熱情を両肩に宿して、ユリィは十二体の召喚獣をにらみつけた。 「分隊! 十二小隊に編成し直し!」 ユリィが叫ぶと同時、四体の召喚獣に襲いかかっていたユリィの軍勢は、十二個に分かれ、ディアの召喚獣全員に襲いかかった。 身体中にまとわりつく召喚獣を、巨大なディアの召喚獣は決して無視できないようだった。雀蜂が殺到すれば、熊だって殺すことがある。このまま、攻撃を続け、ディアの召喚獣を撹乱し続けられれば。 「仕方あるまい」 ディアの不気味な声が鼓膜を揺らした。 直後、召喚獣同士が体をぶつけ合った。 体にまとわりついていた妖精型の召喚獣が、ぼろぼろと地面に落ちた。ユリィは耐えきれなくなって、妖精型の召喚獣に駆け寄った。地面に落ちた妖精型の召喚獣を抱え上げて、ユリィは「大丈夫?」と、尋ねた。 妖精の一匹もこれ以上は踏みつけられたりしないように、ユリィは走り回った。 指示の行き渡らなくなった召喚獣は、隊列を乱し、次々に潰されていった。 ユリィは、叫んだ。 「みんな、元の世界に戻って!」 リーダーに有るまじき命令。 それでも、ユリィには今以上の酷使を召喚獣に強いることはできなかった。 ユリィは、地面に突っ伏して、啜り泣いた。 何が行けなかっただろうか? 何をどうすればこの試合に勝つことができていたのか。 「さて、聖戦の儀は終わりじゃ。妾が勝ったということは、妾の潔白が証明されたということじゃ、そうじゃの?」 ディアはウリエルに視線を向けた。 観客席の一番前で、恍惚の表情を浮かべていたウリエルはちっちと指を振った。 「ディアさん? 殺さないと終わりませんよう?」 ディアは面食らったのか、ウリエルをじっと見つめた。 「そんな約束はしていないはずだが?」 静かに反問すると、ウリエルがニタリと笑った。 「スクロールには書いてあるんですう。殺さないと、聖戦は終わらないってえ。だから、子供を殺しちゃってくださーい! 貴女のもおっとも愛する子供を自分の手で。そうしないと、貴女も呪いに殺されちゃいますよー」 「それは困るのう」 ディアはかりかりと頭を掻いた。 「すまぬ、子供たち、妾の落ち度じゃ。妾が生きていれば、新しい子供は生まれてくる。本当に申し訳ないが、お前たちには死んでもらう」 ユリィは、からからに乾いた喉を湿らせるように、喉を鳴らした。 召喚獣を出すだけの魔力はまだ残っている。けれど、絶望的な状況をひっくり返せるほどのものではない。 ユリィは膝を屈して、啜り泣いた。 結局、司のようにはできなかった……。 少しずつ近づいてくる巨躯を見ないようにしながら、ユリィは目を閉じた。 ドラゴンが腕を振り上げている。今にも、ハエを潰すように、振り下ろされようとしている剛腕。 ユリィは、あと数秒で叩き潰される自分の姿を想像した。身震いが止まらなかった。 剛腕がじわじわと近づいてくる。 あと一歩、ユリィの身体を叩き潰そうとする時、誰かがユリィの前に立ちはだかった。 「ま、間に、あった! ふ、よかった」 突如、ユリィの前に立ったのは、褐色の少年、ヤクートだった。 ヤクートはユリィを抱きすくめ、横っ跳びに跳んだ。 剛腕が空ぶった。 ヤクートはユリィを安全な場所に座らせると、十二体の召喚獣をにらみつけた。 「ヤクート、何やってるの? これ以上に干渉すると、スクロールの呪いにかかるよ?」 「相変わらず心配性だな、ユリィ。今のままなら確かにそうだけど。俺がお前の召喚獣になれば、その限りじゃない」 ヤクートは、ユリィに紙片を投げよこした。 「その魔法式をペンダントに入力してくれ」 「……無駄だよ。そんなことしても、それより、ヤクートだけでも逃げて」 ヤクートはユリィをまた抱きすくめ、地面に転がった。 ユリィは力なくヤクートにぶら下がっていた。 「ダメだよ。絶対。勝ってこないよ」 「勝てる! かは分からないけど、勝負くらいにはなるはずだ」 ヤクートはユリィの肩に手を置いた。 「勝負くらいって! ヤクートに何ができるの? 森が出せるだけじゃない!」 「違ったんだ」 ユリィの反駁をヤクートは否定した。 ヤクートは歓喜に声を震わせていた。 「俺が使える魔法は、体質的にただ一つ。確かにそれは事実だ。けど、森を出す魔法なんかじゃなかった。俺の本当の魔法は、俺が生まれ育った土地から、偉大なる魂を呼び出し、身体に宿す魔法。俺だけに許された、最強の魔法だ! ロウ先生が教えてくれたんだよ! あの人のおかげで、習得できたんだ!」 ユリィの手を握りしめ、ヤクートは微塵も冗談を感じさせない表情で語りかけた。 「昔から、型破りだもんね、ヤクートは……いいよ、やろう!」 「本当は俺自身が魂を呼び出すものだけど、今回はギアスに逆らうためにユリィに召喚してもらう。俺の本当の姿はめちゃくちゃカッコいいんだぜ?」 にひひ、とヤクートは笑った。 「冗談きついよ、ヤクート」 ユリィは悪態を吐きつつ、微笑みを返した。 ペンダントを操作し、ユリィは異世界に魔力を流し込んだ。 同時、晴天の空から赤い稲妻が飛来した。 稲妻はヤクートの身体を打つが、叫び声や苦痛の声を、ヤクートは一切も吐かなかった。 それどころか、歓喜の雄叫びを会場いっぱいに轟かせる。 稲妻が終わると同時、ヤクートの雄叫びも収まった。 雄叫びが終わると、ヤクートは苦悶の声を上げた。褐色の肌が、より黒くなり、漆黒へと変わる。瞳は爛々と光り琥珀色に変化し、腕は猫科の動物のような形状へと変形し、鋭い爪を生やす。 獣頭に変化し、前傾姿勢になり、ヤクートは一匹の黒豹になった。 ヤクートは脚で地面を擦り、身体を見下ろすような動作をしたあと、低く構えてドラゴンをにらみつけた。 さらに、驚くべきことが起きた。 ヤクートの身体を中心に、森が繁茂し、青白い影がヤクートの背後や横、前方に屯した。 青白い影は、全て獣の形を取っていた。吠えたり、構えたり、思い思いの動作をしながらも、全員、ヤクートと同じものを見ていた。 「嘘、これって最高難易度の空間魔法? 空間に宿る思念や、魂を呼び寄せて、使役できる空間を作り出す『霊子喚起性固定空間魔法』」 ユリィは呟いた。 「これしかできねえがな」 黒豹となったヤクートが振り返り、にやりと笑った。 「まあ、見てろ。何体かは道ずれにできるだろ」 ヤクートは再び上空を見た。ディアの召喚獣たちは、突然の変化に戸惑ったようだが、すぐにヤクートに手を伸ばして来た。 ヤクートが小さく身動きすると、地面に生えた巨木が身体を大きく伸ばし、召喚獣たちの身体に巻きついた。巨木は脚や腕をギリギリと締め上げ、召喚獣の動きを止めた。同時に、青白い影が、ぐるぐると渦を巻き、召喚獣を滅多打ちにした。 まるで、青白い光の竜巻だった。 ヤクートは、一歩も動いていないのに、十二匹の召喚獣を圧倒している。 遥か上空から、ドラゴンの召喚獣と、鳥の召喚獣が飛来する。 ヤクートはたった一人で二体を迎え撃った。音を超えるのではないかというほどの速度、一瞬で通り過ぎた影は、ドラゴンの召喚獣と鳥の召喚獣の顔を引き裂いた。 慟哭が響いた。 地面へと滝のように血液が流れ落ちる。 怒りの咆哮と共に、剛腕が振るわれたが、ヤクートは空気のように軽いフットワークで、右へ左へと身を交わした。 交わし終えると、ドラゴンの腕を支点に、宙も高く飛び上がった。落下と同時に空を蹴りつけ、驚いたことに加速する。 稲妻のような速さで鳥の召喚獣に一撃をくれると、ヤクートはブーメランを思わせる挙動で地面に着地した。 ヤクートは地面にしなやかに着地すると、口から液体を吐き出した。 血だ。水溜りのように、血が地面を汚していた。ヤクートは一瞬、膝を屈しそうになったようだが、すぐに顔を上げた。 「ユリィ、魔力をくれ。きつい」 ヤクートが懇願するので、ユリィは必死でペンダントに手を置いた。 ヤクートの身体が薄く発光し、吐血も収まった。ヤクートは地面を何度も前足で擦り付けた。砂埃が森を包み込み、風に晒されて逆巻いた。ごうごうと、風が唸り声を上げる。 ヤクートは砂埃に紛れて、空中に飛び上がった。 大きく口を開いたドラゴンの鼻っ面に、ヤクートがしがみついた。鼻が潰れるのではないかというほどの万力でヤクートはしがみついた。 ここからでもぎりぎりと締め上げる音が聞こえる。 ヤクートの両腕両脚が、ドラゴンの鼻を引き裂くのに、そう時間は要らなかった。 めきり、と音を立てて、ドラゴンの鼻がもげた。 怒りの声と、苦悶の声が交錯する。 ヤクートはすぐさま、ドラゴンの目に飛びついたが、今度は弾き落とされた。 砲弾のように地面に落下するヤクートを、森が身体を伸ばして受け止める。ハンモックのようになった蔦に身体を沈めて、ヤクートはまた血を吐き捨てた。 「足りねえな。ユリィ、魔力をくれ!」 ユリィは言葉に従った。 精一杯の魔力をペンダントに注ぎ込み、目を閉じる。 「もう、これで空っぽだよ!」 ユリィは叫んだ。 「あ、もう終わり? いや、大丈夫だ。これから敵の召喚獣を一気に倒す。魔力、ありがとな!」 いいおわると、ヤクートは一声、吠えた。 瞬間、青白い影が、ヤクートの傍に戻り、召喚獣全てを解放した。 『英霊咆哮』 ヤクートが大きく吠えると、青白い影も吠えた。 空気をつんざくような砲声が上がった。 音は砲弾に変わり、砲弾は爆裂に変わった。 ヤクートと青白い影の口から放たれた咆哮は、衝撃波となって渦を作り、十二体の召喚獣を巻き込み、吹き飛ばした。 森がなぎ倒されるほどの威力だった。 同時に森は掻き消え、、更地になった森と呼応するように、ヤクートは元の姿に戻った。 「ヤクート! 大丈夫?」 ユリィは今も吐血し続けているヤクートに駆け寄った。 ヤクートはユリィが血を拭うのに任せ、繰り返し咳き込んだ。 「や、やった、かな?」 ヤクートは砂埃の立ち上る闘技場を目を細めて見た。 ユリィはヤクートの手を取って引き上げた。 じっと目を凝らすと、影がぬっと現れるのに気づいた。十二体の影は健在だった。ユリィとヤクートは、絶望的な表情で地面に膝を突いた。 「悪いユリィ、勝てなかった」 「……やっぱり、私たちじゃこんなものだったのかなあ」 「司みたいには、できないってことか……」 ヤクートとユリィはこつりと頭をぶつけ合った。 召喚獣が迫る。 今にも、二人を捻り潰そうとしている。 「そんなことないよ。二人とも、僕のずっと上にいる。劣等感とか、全部を乗り越えてここに立った。すごく、勇気のある人だ」 背後に影が立った。 振り返ると、地味な顔の東洋人が立っている。 けれど、その顔は凛としていて、まさに王に相応わしい。 「だから、休んでいて。これから、僕が決着をつける!」 平井司が立っていた。悲壮な決意を滲ませる表情で司は、スクロールを掲げた。
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