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司はヤクートとユリィの前に膝を突き、スクロールを地面に置いた。前方から近づいてくる腕は、巨大な歯車が弾き飛ばしてしまった。
「ユリィ、手を載せて」
司はユリィの手を取って、スクロールの上に置いた。
ユリィの手は小刻みに震え、自分では動かすのもままならないようだった。司は、ユリィに微笑みかけて強く手を握りしめた。
「悠久より出でし十二に別れし其の力よ、再びここに戻りて新たに配り直さん。赤き光、青き光、黄色き光、その十二の子供達よ。一つの身体に再び宿……」
司が唱え終わろうとする時、右肩に衝撃が走った。
地面に転がりながら、自分を殴った何者かを見上げる。
コンクエスタ・アレクサンドロスが、スクロールを奪い取っていた。
「これが、あれば、俺もこの戦いに参加できる!」
泣きじゃくる一歩手前のような震え声。
コンクエスタは、スクロールに手を置いた。
「悠久より出でし十二に別れし其の力よ、再びここに戻りて新たに配り直さん。赤き光、青き光、黄色き光、その十二の子供達よ。一つの身体に再び宿れ」
コンクエスタは呪文を唱えた。
司は止めなかった。
止める必要もない。
司はブレスレットを外し、右手を挙げた。
スクロールから光が吐き出され、十二個に分かたれた。三色の光が司へと吸い込まれ、契約がまとめ直される気配がした。
コンクエスタが発狂寸前の形相で、光を追いかけている。
司は本当に気の毒に思ったが、ヤクートとユリィには別れを告げなければならない。
「二人とも、この三ヶ月ありがとう」
微笑みながら、二人に語りかけると、ユリィとヤクートは司の手を取ろうと歩き出した。よれよれの歩き方で、今にも倒れこみそうだった。司は首を振って、やめさせようとした。
二人は止まらない。
司は逆に、遠ざかった。
「初めてだった。ずっと諦めていたんだ。人と触れ合って、親愛の情を経験すること。年相応の子供らしく、友達と遊んだり。十二年間、ずっとずっと夢見ていたんだ。君たちは、僕のちっぽけでくだらない夢を、親切に叶えてくれた。どんなに嬉しかったか」
司は、近づいてくる二人から、更に遠ざかった。
ユリィと、ヤクートはなおも必死に手を伸ばしている。
「僕はね、このブレスレットを着けていないと人に認識されないんだ。例えば一度でも認識されたとしても、数分後には忘れられている。そんな生活がどれだけ辛くて孤独なものか、君たちは気づかせてくれたんだ。そして、今の僕がどんなに幸福なのかも」
「やめて、忘れないよ!」
「司、行かないでくれ!」
ユリィもヤクートも必死で引き止めてくれた。今も、忘れさせようと作用する力に反発しているのか、二人は必死で記憶を繋ぎとめようと、司に近づいた。
「三ヶ月で、僕は満足した。最後の最後に、僕に幸福をくれた友達に恩返しをしてあげられるのが、どんなに嬉しいか? 君たちは、透明だった僕の人生を、七色に輝かせてくれた。どんなに楽しかったか、君たちは知らないだろう?」
司は言葉が途切れ途切れになるのを感じながらも、必死で言わなければならないことを探し続けた。
「君たちがもし忘れるとしても、僕は夢で、君たちと過ごした幸福な時間を何度だって視ることができる。夜に眠ることがきっと楽しくなる。僕は君たちを忘れない。それだけで、僕は満足なんだ」
言葉が終わると同時、十二個の光は司の元に集まった。
同時に、司はブレスレットを地面に叩きつけた。
ブレスレットは完全に粉々になり、瞬間、司の身体を拘束していた不思議な力が破壊された。司は、身体中に力が充満するのを感じた。
十二個のギアスを受けたこともそうだが、それ以上に、ブレスレットは、間違いなく、司の力を封じていた。
司が魔法をイメージすると、ペンダントが独りでに回転を始めた。司の身体を支点に、歯車が現れた。歯車は、細胞のように増殖して、会場を覆い尽くした。
金色の歯車は太陽の光を受けて、絢爛に光り輝き、一つの銀河のように渦を巻いた。
司自身の身体は何をするでもなく、浮き上がった。司が上空に達すると、歯車は付き従うように停止した。
司の身体の周囲を、金色の輪が二つ、回転している。エックス字を描いたり、十字架を描いたり、金色の輪は司の意のままに動いた。
「王だ!」
誰かが呟いた。
「ついに、お生まれになられたのだ! この世界の王が!」
続けて、誰かが叫んだ。
歓喜に溢れた歓声が、轟いた。
司はユリィとヤクートを振り向いた。
「あれ、誰だ? 俺たち、なんでここにいるんだっけ?」
「多分、聖戦に二人で出ることになった、とかだったと」
二人とも小声でしゃべっているのに、司には、はっきりと聞こえた。二人とも狸に化かされたように、きょろきょろしている。
司は、ユリィとヤクートから視線をそらした。
「さようなら」と、二人に聞こえないように囁いて、司はディアを見下ろした。
ディアが予想外の事態に焦りの表情を募らせていた。司を見返し、右手を上げる。
瞬間、ドラゴンと巨鳥が、司に組みつこうとした。
司には分かっていた。今の自分になら、いとも容易く二体の召喚獣を組み伏せることができると。
司は、二本の指で、ドラゴンと巨鳥を指差した。
瞬間、中抜けの歯車が、二対の召喚獣の身体を手錠のように拘束し、増殖した。ドラゴンも巨鳥も、輪投げのポールのような格好になって、地面に沈んだ。
司は、目を閉じ、地面に降りた。
ディアは司が地面に降りると同時、困ったように顎に手を当てた。
「王が生まれたとなれば、妾は手を引く他ないが、お互いにギアスにかけられた身じゃ。どちらかが死ぬまで戦わねばならぬ」
ディアは、悲壮に溢れた言葉で綴った。
「今ならば分かる」
司はウリエルへと冷たい視線を向けた。
「ウリエル学長と京極先生が共謀して、この瞬間を仕組んだ」
「どういうことじゃ?」
「二人は、僕たちのうち、どちらかが確実に死ぬ状況を作り出したかった。僕が、もしかすると、王なのかもしれないと思った京極先生は、聖戦をウリエル学長に承認させ、僕とディアが殺し合いをするように仕向けた」
詳しいことを聞こうと口を開きかけたディアを司は制した。
「京極先生は、スクロールの場所を僕とディスエルに示唆した。そうすることで、僕が聖戦のギアスを配り直すことを促したんだ。どうしても、この状況を、作り出すために」
司は会場のすみで観戦している京極に視線を向けた。
京極は雷を受けたような顔をしていた。
「それ以外に、合理的な説明はつかない。今回、聖戦が行われた理由は、ラビニア先生が殺されたことへの問題提起だ。なら、京極先生、ウリエル学長も、この場に立つ必要がある。聖戦が行われた理由は、召喚獣でしか、ラビニア先生を殺すことができなかったから。なら、ウリエル学長と京極先生が聖戦に参加しないのはおかしい」
司は、胸をさらけ出し、十二個の刻印のうち、八つを京極とウリエルに投げつけた。二人は刻印を手で受け取り、じろりと見下ろした。
京極は刻印を胸に刻み付け、コロシアムへと飛び降りた。
「私を疑うのは確かに道理だ。今の理屈には反問のしようがない。だが、あえて言わせてもらおう。私は、この外道に手を貸すような無頼漢ではない」
京極は、ウリエルを睨んだ。
「きゃっははははー! 面白い展開ですねぇ。さて、これはどういうルールなんざんしょ?」
四人の魔導師は、会場に出揃った。
司はディア、京極、ウリエルの視線を受けて、スクロールを見下ろした。
「ウリエル学長と、京極先生のタッグ、ディアと僕はそれぞれソロだ」
「あっははははぁ、馬鹿ですねえ貴方。ギアスがあれば、どんなに拒んでも、京極は貴方を殺さなくてはならないんですよ? そして、私にも貴方を殺す口実を作ってくれた。おまけに、ディアは貴方の味方ではない。私の目的を貴方自ら完遂してくれたようなものです」
ウリエルは潰れた果実のような笑みを浮かべた。
司は、笑い返した。
「僕が貴方たちに負けると?」
「いい、覚悟ですねえ。この小僧!」
ウリエルがぎりりと歯軋りしたのを皮切りに、空中に金色の神が飛来した。ツタンカーメンマスクのようなものを被り、右手には錫杖、左手には意味不明なオブジェクトを持っていた。翼はあるようだが、浮力を生み出しているのは別の力らしい。羽ばたくことなく空中に静止していた。
京極は、明らかに気の乗らない様子で右手を挙げた。京極の背後に、巨大な白い虎が現れた。
司は目を閉じた。
今なら分かる。司に元々に備わっていた召喚魔法は、夢から何かを引っ張りだす力ではない。どんな空間からも、どんな時間からも、異なる次元からでも、どんなものでも引っ張り出せる能力だ。
司に備わった反則的な召喚魔法を使うことに、どんな代償があるのかは分からない。少なくとも、なんの代償もなく、使えるものではないはずだ。
司がイメージするのは最強の召喚獣、代償もきっと大きい。ペンダントがモーターのように高回転した。回転に応じて熱が発散され、白く発光する。
光は眩く、司の網膜を傷つけるほどだった。
司は探している。
全ての次元から、最強の召喚獣を一匹。
探し、認め、理解する。
イメージと、認識は完全に一致し、異空間に枷をはめられた巨獣が、現れようとするのが分かった。
まず、右手が空間を割ってぬっと現れた。次は左手、空間は完全に断ち切られ、召喚獣が現れるだけのスペースを確保した。
歯車がアクセサリーのように装着された腕、脚、巨大な顔。理知の滾る瞳。大きく裂けた口。
司が最初に呼び出した召喚獣だ。
『完璧な歴史年表』から出た巨大なドラゴン。
「クロノス、お久しぶりです。私の名前は、レギオン。今なら、本当の力を使えましょう」
レギオンの声には喜びと覇気が込められていた。
司は、レギオンの背中に手を置いた。
「行ってくれる?」
「御言葉のままに」
レギオンは神妙に頭を提げた。
「出揃っちゃいましたねえ?」
けたけた、とウリエルが笑う気配がした。ウリエルの顔を見ると同時、怒りが募るのを感じた。不思議なことに、司が怒りを募らせると、レギオンの力が高まってくようなに感じた。ペンダントも回転を増し、光をさらに強くする。
「行け!」
「行っちゃってくださーい!」
「頼む」
「すまぬ、もう少し頑張ってくれ」
四人が思い思いに召喚獣に命じると、コロシアムの中心に召喚獣が殺到した。空気が全て、爆薬になって、火を点けたような音が響いた。ユリィやヤクートを含めた学生たちがひっくり返った。
司は学生たちを振り返って、右手を掲げた。歯車が空中に現れ、何層も重なると学生たちの身体を包み込んだ。
「窮屈だろうけど、我慢していてほしい」
司は一方的に語りかけ、戦いに戻った。
レギオンは他を容易く圧倒していた。
合計十四体の召喚獣が組みついても、簡単に振り払い、代わりにめちゃくちゃに噛みつきまくった。
血が河のように噴出し、堰を切ったように流れ落ちる。
血の流れに飲まれないよう、司は空中に飛び上がった。
もうもうと立ち込める鉄の匂いに、司は頭がくらくらするかと思った。
レギオンはなおも快進撃を続ける。
有象無象を地面に叩きつけ、吹き飛ばし、おしまいに金色の炎を浴びせかける。
炎は火花を轟かせ、金色の雨のように空中に飛び散った。
慟哭と咆哮が一斉に吐き出され、レギオン以外に立っているものは、直にいなくなった。
司はレギオンをねぎらおうと、口を開いた。開くと同時、口に妙な粘着きがあるのに気づいた。右手で拭ってみると、それは血液だった。
司は、地面に膝を突き、突然に体に駆け巡った苦痛に転げ回った。身体中が焼けただれた昨日よりも、ずっと強い苦痛が身体を這い回る。
吐血を繰り返し、地面を何度も指で擦る。吐血は、いつまでも止まりそうになかった。
司は苦痛に耐えながら、レギオンを見守った。
レギオンの身体は透け始めていた。司を振り返り、魔力の譲渡を願っていた。同時に、レギオンは掻き消えてしまった。
ウリエルが好機とばかり、召喚獣を司に差し向けた。召喚獣は、横っ腹にタックルを食らって、転がり倒れた。ウリエルは忌々しそうに視線を横に向けた。
京極が優れない顔で右手を掲げていた。
「あら、京極教授? どういった趣向ですの、これは?」
ウリエルは、唇を歪め、ちっちと吃音をしながら、たずねた。
「この世界の王は、私の命に代えても守らなければならない」
京極は静かな声で答えた。抑制が効いた表情で、司の前に回り込んだ。
「王よ。そこで待っていたまえ。真実を教えよう」
尊敬を滲ませる声が、司の胸に届いた。
「私は、ラビニアが殺される寸前に、王がラビニアの部屋に行くのを見た。私が考えたのは、王が『完璧な歴史年表』を求めて、ラビニアの元へと行くことだった。だが、ただ単に本を求めていただけだと知って、後に愕然としたがね」
京極は失望を言葉に載せて、自分自身に向けているようだった。
「まさか、ホークが『完璧な歴史年表』のことすら教えていないとは思いもしなかったよ。私は、王の手助けをするつもりで、『完璧な歴史年表』の場所を示した。太陽の茶葉は、ウリエルの元に、『完璧な歴史年表』があることを示すためのものだった」
司は、朗々と喋る京極の表情に嘘はないかと観察した。嘘をついているようには見えない。
「では、ラビニアを殺したのは誰だったのか、だが。ラビニアは死んでいない。王よ、僭越ながら、君が今まで認識していた、今の瞬間のラビニアをこの場所に召喚してください」
「ラビニアも、呼び出せるっていうの?」
「愚問です。貴方の召喚魔法は、まさに万能なのですから」
司はすぐにうなずき、目を閉じた。
ラビニアを探すために、空間を探る。
この瞬間に生きる、ラビニアを。
イメージと認識が同時に起こった時、司は空間にラビニアを呼び出していた。
ラビニアは司の隣に立ったかと思うとペンダントに手を置こうとした。
京極はラビニアに飛びつき、組み伏せた。
「ラビニア、いや、シャッテン。お前が全てを仕組んだ犯人だな?」
「何のつもりなのです? 京極教授、私はただ単に、身の危険を感じて逃げたに過ぎませんよ!」
「ほう? そうか、随分と手の込んだトンズラだな?」
「そこまでしなければ、ウリエル学長からは逃げられません!」
「貴様が『完璧な歴史年表』をウリエルに差し出したことは知っている! その上で、王を始末するために私を利用し、自分は安全な所で傍観していたこともな」
「く、くく、証拠は? 証拠はあるのですか?」
「全てを知る者が、この学園にいる」
京極はコロシアムの入り口を見つめた。
「離してください! こんな蒸し蒸しして、暑くて人が多い場所は嫌です! 貴女の恥ずかしい過去を全てバラしますよ! この小悪党!」
「ちょっと、力を貸してもらうだけだ、大人しくしろ!」
ラプ子の声、続いて、ディスエルの声がやかましく聞こえてくる。司は、視線を二人に向けた。ディスエルは司を見ようともしなかった。
「嫌です! 帰してください! この誘拐犯!」
ディスエルは尚も言い募るラプ子の口にロールケーキを突っ込んだ。餌をもらった犬のように、ラプ子は大人しくなった。
ラプ子はもごもごと口を動かしていたが、やがてロールケーキを飲み込んだ。
「で、何が知りたいのですか?」
ラプ子はじろりと京極を睨みつけた。
「聴いていた通りだとも。今回の首謀者は、ラビニアに扮したシャッテンで間違いないな?」
「……間違いありません。そいつは、シャッテンと言う名前の男です。本当のラビニア先生はかねてよりの夢だった世界旅行のついでに平井司の両親探しをしていますから」
「だそうだぞ、シャッテン?」
ラビニアは、地面に突っ伏し、からからと泣いた。
京極が警戒しながら、身体を離すと、ラビニアの身体がみるみる崩れ落ちていった。化粧が剥がれていくような光景だった。ぱらぱらと、卵の殻のようなものが、地面に剥がれ落ちた。
「君、僕の夢に出てきた、シャッテン!」
全身黒ずくめの男。
顔には、白い仮面。
クロノスを殺害した、謎の人物。
「王よ。お久しぶりです。生きておられて、心の底から嬉しい!」
シャッテンはゆっくりと立ち上がり、這うように司に擦り寄った。司は後ずさり、警戒を張り巡らして、シャッテンと向かい合った。
「じゃあ、なぜ、僕を殺そうとしたんだ!」
「死んで欲しいほど、憎み! 生きていて欲しいほど、お慕い申していたのです。それはもう、自己矛盾に彷徨う日でしたとも。貴方を支えたい、しかし、殺したい! 殺して、我が物にしたい、生きて、我が物になって欲しい。私は、貴方の一番の理解者ですから!」
シャッテンの顔が恍惚に光っているのに、司は気づいた。仮面を被ってはいるが、感情は明瞭に伝わってくる。おかしな人物だ。
「王よ。仮面を取って、どうか、素顔をお見せください」
司は、何のことかと、顔に手を置いた。
確かに、仮面らしきものが顔を覆っている。吐血を拭った時には気づかなかったので、口だけは覆われていないようだった。司は、必死で仮面を引き剥がそうとしたが、指は滑るばかりだった。
司はゆっくりと首を振った。
「見せてもらえないのですね。貴方のご尊顔を」
シャッテンは、泣きじゃくるかのように両手を顔の前で交差させた。
「貴方はいつもそうだ! 私がどんなに敬愛をお寄せしても、取り合おうとなさらない。私がどんなに貴方を想っているか!」
シャッテンは、地面に突っ伏し、肩を震わせた。
うう、うう、と絶望の底に立ったような泣き声をあげる。
「今に始まった事ではございません。ええ、そうですとも! 私は随分と長い間、貴方の氷のような冷たさに耐えてきました。それでも、貴方はただ、眩しかった。ほとばしるような眩しさでしたとも! 完璧なまでの神々しさでしたとも!」
シャッテンは、両手で拳を作り、天に祈るように振り回した。
「憎むのも憚られるほどの完璧さ。私を憎悪に染めるような冷淡さ。貴方は、なぜ、私を認めなかったのですか?」
シャッテンは司ににじり寄ったが、京極に取り押さえられた。
「この光景を見てご覧」
司は振り返り、学生たちを指差した。
みんな、ボロボロに擦り切れて、あるものは恐怖におののき、あるものは地面に突っ伏して泣き続けていた。あるものは、立つのも辛いのか、倒れたまま、啜り泣いていた。
「君が僕のためにしてくれたこと、本当に嬉しいけど。こんなに沢山の人を傷つける君を、僕は容認することができない」
「ああ……」
シャッテンは全てを理解したのか、顔を上げた。
「私の、この醜さを、貴方は知っておられたのですね。私は、貴方にふさわしくないと。今、理解いたしました」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよう、シャッテンさん? 貴方がいなくては『完璧な歴史年表』は起動できないのですよ?」
ウリエルが度を失った表情で食いついた。
シャッテンはウリエルを振り返った。微笑んでいるのが判った。黙って首を振り、粒子状の物体に分解されて、空中に泡沫と消えてしまった。
「あ、あはは、あはははははははは! あっはははははははははは!」
ウリエルが、狂ったように笑いだした。
涙すら浮かべながら、地団駄を踏んでいる。
「こんな、こんな悲しみがこの世界にあるとは! なんたる寂寥感でしょう? なんたる敗北感でしょう? 私のように完璧な人間が、こんな仕打ちをうけるとは!」
ウリエルがぎろりと司を睨みつけた。
「貴方たちには人の心ってものがないんでしょうかねえ……」
瞳から、どろどろと涙をこぼしながら、ウリエルは空中に手を掲げた。
「もういいです。お前らなんてイラナイ。消し炭になりなさい」
ウリエルの指先に、小さな炎の球が浮かび上がった。炎の球は少しずつ頭上に昇っていった。昇ると同時に、炎の球は掛け算をするように膨れがっていった。
瞬きをする間に、コロシアムを丸ごと飲み込むような大きさに成長した。
成長した炎の球は、熱気だけで大地を焦がし、人々から潤いを消し去っていく。司も喉がカラカラに渇き、皮膚から滝のように汗を掻くのが判った。
「消え絶えろ! 地上の有象無象!」
炎の球が、地面にぶつかろうとしている。
あと、数秒で全てが終わる。
認識した瞬間、閃光がコロシアムを埋め尽くした……。
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