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気づくと、司は何もない虚空に手を伸ばしていた。
視線を左右に巡らせると、少し離れたところでホークがぐっすりと眠っているのにきづく。ミノムシのように寝袋で体を包んでいた。
司は呼吸を整えながら、立ち上がった。
頭を冷やしたい気分だった。
ベッドから立ち上がり、書庫の方へと歩く。
本に触れてはならないと言われたが、少し読むくらいならきっと大丈夫だろう。
司は、ふとそんな想いに取り憑かれたが、すぐに首を振る。ここにある本はきっと、魔法に関係のあるものばかり、読むだけなら安全だとなぜ言えるのだろうか?
でも、少しくらいなら……。
司は誘惑に負けて、まず、一番安全そうなタイトルを探すことにした。
書庫へと階段を使って上がり、五角形の建物をぐるりと散策した。
『黒魔法の励起・通常魔法に後付けの呪文を加えて、黒魔法へと変える方法』の全百二十巻。
黒魔法が何かは分からないが、ろくなことにならなそうだと司は思った。
そこで、次の棚に目を滑らせた。
『悪魔族召喚の儀式』の全六十巻。
これも、だめだろう。
また、次の棚へと目を滑らせる。
『完璧な歴史年表』
シンプルなタイトルの本が数百冊あった。巻分けもされていないが、どうやら、一冊一冊違うものらしい。
べつに、歴史年表であれば、いくら見たって構わないはずだ。
司はうきうきしながら、一冊を手に取った。
その瞬間、身体から金色の光が辺りへと撒き散らされた。
かと思うと、光は渦になり、くるくると司の頭上を回り続けた。一滴もどこかにやってはいけないような気がして、司は腕で光を搔き抱いた。
けれど、光はゆらゆらと揺れただけだった。
司は、あわてて今度は握ってみたが、やはり光は渦を巻くばかりだった。
ひとしきり慌て終わると、光は一点に集中し、光芒へと変わる。
本へと真っ直ぐに差し込まれる光は、槍のように見えた。
槍は本を貫くかと思ったが、本はいとも簡単に槍を吸い込み、吸い込み終わると今度は本が光をはなった。
本から発散される光は、やがて、紫と青の混じったような色へと変わり、その光の間から、ぬっと大きな腕が現れた。
小指が、司の身体ほどもある。
窮屈そうに手を彷徨わせた後、その腕は地面をつかみ、立ち上がった。
裂けた巨大な口がその姿を覗かせた。そう時間はかからず、本から何者かが現れた。
書庫が、張り裂けそうな巨躯だったが、書庫は身体の大きさに合わせて広がっていった。やがて、身体がその全貌を現すと、正体がわかった。
巨大な竜だ。
しかも、夢で見たことのある、王にひざますいていた一匹の竜だ。
「ココ、クロノス! クロノス、クエチア! コミタチムイテコサキワツ!」
竜はひどく喜んでいるのか、湧き踊るように体をふるわせて、よく分からない言葉を放った。
「? クロノス? カカ、アツエネチワッナホサ」
竜は深く頭を垂れ、鳴き声を漏らした。
司は、なんとなく竜を慰めたい気持ちになって、巨躯の額に手を載せた。
「王よ、この世界は不浄だ。力を失ったあなたの代わりに、私がこの世界を浄化しよう!」
はっきりと、人間の言葉で竜がしゃべった。
ぎょっとして手を離すと、竜は空中に舞い上がった。
書庫の天井を突き破り、空中を駆ける。
「王オ、コヤニスタナキ」
手を離したせいか、竜の言葉はまた分からなくなってしまった。
司は尻餅をついて、天井をただ凝視した。
と、同時に、下の方からどたどたと足音が聞こえてきた。
ホークが胸を波打たせながら、部屋を上がってくる。
司の足元と天井を見て、すべてを理解したらしい。ホークは落ち着いた足取りでやってきた。
「ここで、待っていなさい。絶対にここから出ては行かんぞ!」
ホークは鋭い言葉で念を押した後、本棚を開いて走りだした。
司は、心臓が早鐘のように鳴るのを感じた。しばらく動くことができなかった。
あれは、ただの歴史年表じゃなかったのか?
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