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樹の記憶
やっとまともな言い訳ができる年齢になって、ここに帰ってこられた。気持ちははやるのに、目の前までくると軽くない緊張が身体をかためてしまう。
記憶とは、存外にあてにならないものだ。この家の外壁は茶色だと思っていたのに、クリーム色だった。塗り直したのではない。経年劣化が見える。
だが樹(いつき)が思っていたよりも、家は古くなっていなかった。五歳のときに建て替えた家だから、築十七年ほどか。
垣根からのぞく梅も柿も柘榴(ざくろ)も枇杷も、樹木はみんな樹の記憶どおりだった。初夏なので、どの木もみんな青々とした葉が生い茂って、枇杷の実はうっすらと色付いていた。
――うちは実の成る木がほとんどで、どの季節もみん楽しかったな。
家の周りのフェンスだけは作り直したようで新しいものが建っていた。
門扉の前に立って、まじまじと表札を見た。
『中東』
かつての名字を見ると、何とも言えない懐かしいような、それでいて乾燥した感覚が蘇ってくるようだ。
この門を、何も考えずに行き来していた頃、自分の家の表札なんて改めて見ることはなかった。
小学校の頃のことを鮮明に覚えているわけではないが、少なくとも両親があんなに突然離婚するだなんて思っていなかった。
浮気をした父が、確かに悪い。
でも、母もあんまりだと思う。あれからすぐに離婚して、一度も父に会わせてくれなかったどころか、父のことを会話にあげることさえ許さなくなってしまったのだから。
それになぜ、自分だけが母に引き取られたのだろう。
やっとだ。
二十二歳になって、やっと。
自分の意志で、自分の力だけで、この家に戻ってくることが出来た。
それでも、『小学校の同窓会』という口実は必要だったが。
そっと、門を開ける。
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