ありふれた、僕たちの

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僕の最愛の人は、生まれた時からずっと僕の側にいた。 同じ家から、同じ小学校に通い、同じものを食べ、共有しー…… 優しく面倒見のいい麻奈を好きだと思うのは、僕にとっては普通のことだった。 世間一般的にいけないことだとは理解していたけれど、いつか麻奈が他の誰かのものになるまで、恋人同士のようにしていたいと願った。 三つ上の姉・麻奈は来月、結婚する。 麻奈は彼のことが好きなのだと言った。 でもそれより、僕のことを愛しているとも言った。 似た者同士の姉弟は、惹かれあっていたのだ。 気持ちを確かめ合った。キスをした。抱きしめ合って眠った。 例え倫理に反しても、それが事実だった。ただ偶々きょうだいだっただけで、僕らの関係はどこにでもいるようなありふれた恋人同士と、なんら変わりはなかった。 「ごめんね、ごめんね優斗」 「なんで謝るんだよ。いつかこんな日がくるって、わかってたじゃん」 「そうだけど、わたしっ」 泣きじゃくる麻奈を、きつく抱きしめる。 ……だって、これが最後なのだ。 親にも婚約者にも、誰にも言わずに旅行に来た。最後にまた、ありふれた思い出を残したかったから。 「大丈夫、誰にも言わないし、今までも何もなかった。家に戻れば、僕はただの弟だ」 「……ごめんなさい……!」 「だから謝るなよ。旅行、凄く楽しかった」 「わ、わたしも。優斗、」 大好き、と言おうとしたであろう唇に、口付けた。 長く、合わせるだけのキス。 これが、本当に最後だ。 「……俺が幸せにしてあげられなくて、ごめんね」 体を離して、麻奈の手を引いて駐車場へ戻る。車に乗ってからも、麻奈は静かに涙を流していた。 高速道路を使って2時間ほどの帰り道、お互いに無言だったけれど。 僕の左手と麻奈の右手は、強く繋がれたままだった。 彼女が婚約者と同棲しているアパートの前に、車をつける。すると偶然、婚約者も帰宅してきたところだった。 「なんだ、出かけるって優斗くんとだったのか」 僕の、兄になる男性。 優しくて、穏やかで、きっと姉を幸せにしてくれる。 助手席から降りた彼女は、彼に笑顔を向けた。 「……そ! 最後に姉弟水入らずで、ね!」 「そんなの別に、結婚してからだって普通に出かければいいじゃないか。あ、優斗くん、あがっていくかい?」 何も知らない、義兄さん。 麻奈にとって、世界で二番目に好きな男性。 「……いえ、今日は遠慮しておきます。明日仕事あるんで」 「そっか。じゃあまた来月、式でかな」 「はい」 会釈をして、運転席の窓を閉めようとしたところで彼女が僕の名前を呼んだ。 ゆうと、と、昔と変わらない声色で。 「……あんた、わざとわたしにいっぱい食べさせたんでしょ。ほんとにドレス入んなくなったらどうすんのよ」 「はは、バレてた?」 「もう、ほんといつまで経ってもやることが子供なんだから」 「なんだよ急に姉貴ぶって」 「だって姉だもん」 ……麻奈の目は、真剣だった。 僕はここで、本当に終わってしまったんだと理解した。 「そんな1日2日で急に変わんないでしょ。ま、もし太ってたらダイエット頑張ってね、姉ちゃん」 ひらり、と手を振って車を発進させる。 彼女が好きだと言って流していたオーディオの曲を止めた。 不思議と、涙は出なかった。 本当は彼女の言う通り、ウエディングドレスなんて着れなくなってしまえばいいと思った。 どんなきっかけでもいい。結婚という過程に綻びが出ることを、心のどこかで望んでいた。 こんな遠回しで小さな嫌がらせしかできない僕だから。 世界中を敵に回したとしても一緒にいよう、なんて言えなかったんだ。 「……姉ちゃん、か」 お守りぐらいなら、姉弟で同じものを持っていても不自然じゃない。 心の中に、消えない思い出としてしまっておくのは、悪いことじゃない。 麻奈、好きだよ、大好きでした。 幸せになってほしい、と何度でも願いながら、今日限りで僕は彼女の“弟”へと戻った。 END
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