ありふれた、僕たちの

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僕らはどこにでもいるようなカップルで、付き合いも長くて。 僕にとっての全ては君で、君が望むことはできるだけ叶えてあげたいと思っている。 「わぁ、いいところだね! やっぱりこの宿にしてよかった」 「ほんと、麻奈はセンスがいいよね」 「ちょっと値段張ったけど、たまにはこんな贅沢もアリだよね〜」 「そうだね、結婚前最後の旅行だし」 僕の言葉に口の端をあげた麻奈は、軽く触れるだけのキスをくれた。 来月、麻奈のウエディングドレス姿を見ることができる。 それはすごく楽しみなのだけれど、心のどこかで「他の奴らに見せたくない」と思ってしまうぐらいには、僕は麻奈のことを愛している。 ちなみにまだ、妊娠はしていない。 「温泉入る前に、観光でもしようか?」 「うん、天気もいいし、足湯に入りたい!」 「あとほら、麻奈がガイドブックで調べてた……なんだっけ?」 「もう、ほんとに優斗は昔から食べ物の興味が薄いんだから」 僕が温泉旅行を提案すると、麻奈は有給を使って会社を休んでくれた。今まであまりそんなことはしてくれなかったから、驚いたけれどやはり嬉しい。 シフト制で働いている僕に合わせて、平日ど真ん中の旅行。 土日と比べてどの旅館も価格が抑えめだったので、せっかくだからとその温泉郷で一番高い宿を予約した。旅費は全額払うよ、と言った僕に、彼女は「それはダメ」と譲らなかったので、仕方なくガソリン代と高速代を出してもらうことにした。 僕より3つ年上の彼女は、僕に金銭面で甘えることはしたくないのか、今までも頑なに奢らせてはくれなかった。些細な食事の支払いも、プレゼントも嫌がった。変に年上ぶらないでほしい、と伝えたら「実際に年上なんだから」と笑って財布を取り出す彼女が、今日は移動費の支払いだけで折れてくれたのはやはり心境の変化からだろうか。 「このおまんじゅう、凄く美味しい! 」 「太るとドレス着れなくなるよ?」 「……う、ほどほどにしておこうかなぁ」 「ウソウソ、好きなだけ食べたほうがいいよ。もうなかなか気軽には来れないんだからさ」 温泉まんじゅうを頬張る麻奈は、小動物か何かのように見える。 彼女は背が低くて華奢だ。時々、年上だということを忘れてしまうぐらい無邪気に笑う。 しかし残念ながら僕も平均より背が高いわけではないので、お似合いの恋人同士に見えているかは少し自信がない。両親も背が低いほうなので、きっと遺伝なのだろう。 「麻奈、ついてる」 「! ……へへ」 手を伸ばし、麻奈の口元に残ったまんじゅうのカケラを指で拭う。 恥ずかしそうに笑う彼女を、今すぐ抱きしめたいと思った。
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