黄昏ぼっち

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「世界に一人でいるみたいな気分になることって、ない?」  橋の中腹まで歩いてきたとき、彼女がついに足を止めて、そう呟いた。突然の質問に、なんと答えればいいか分からず、僕はしばらく押し黙った。 「…あんまりないかもしれない。東京って、ほら、人も多いし、うるさいところだからさ。」  やがて僕は、正直な気持ちでそう言った。 「…そっか。ごめんね、変なこと聞いて。」  彼女はそういうと、ゆっくりとこちらを振り返った。 「おばあちゃんと一緒に住んでるって言ったじゃん?おばあちゃん…ちょっとボケちゃっててさ、それでちょっと、大変だったりするんだよね。お父さんお母さんも東京からたまにしか帰ってこないし。」  彼女は俯くと、左手の吐きダコを擦った。 「大学入ってさ、すぐ高校のときの彼と別れて、新しく付き合った人も何人かいたんだけど、こんな話とかするとさ、なんか、俺が守るよ!話聞くよ!とか言ってくれちゃったりなんかするんだけど、結局だめになっちゃうんだよね。なんか、最終的に重いとかメンヘラとか言われちゃってさ。ははは。」  僕が彼女の口から異性との関係について聞くのは、これが初めてだった。僕は、彼女の骨ばった左手を見て、そしてゆっくりと彼女の上半身へと目を移す。  浮き出た鎖骨、こけた頬、ひび割れた肌、青黒いクマ。小柄な彼女は、思えば更に小柄になっていた。 「家族のことだから、私がしっかりしなきゃ!って思うんだけど、なんか、もうさ、私一人で何やってんのかな、て思っちゃって。東京の家にも帰れず、おばあちゃんも見捨てられず、大学も行けず。はは、何やってんだろうね。」  彼女は虚ろに笑っていたが、その乾いた頬には一筋の涙が伝った。赤錆みたいな色の夕焼けが、彼女の涙の跡を照らした。 「…この町、静かだって言ってたでしょ?本当にそうなの。この町はなんにもなくて、静かすぎて。この誰もいない町に一人おいていかれて、私、どうにかなっちゃいそうなの。」  ヒグラシがまるで彼女を嘲笑うかのように高い声で鳴いた。彼女はそれに呼応するように、僕の目を見たまま泣いた。
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