枯れた桜と人斬り幽鬼

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 とある喫茶店。  眼鏡を掛けたスーツの男は、呆れたような様子で目の前のソレを見ていた。  相席しているのは藍色の着物の男……言うまでもなく幽である。  幽の前には四種類ほどのケーキが並んでおり、それを箸で器用に口に運んでいた。  一方、男の前にはコーヒーカップと厚切りの食パンと目玉焼き。小皿のサラダに加えて、皿の隅には申し訳程度に添えられたベーコンが2枚……モーニングセットである。 「西洋菓子も美味くなったなぁ……まあ、昔から嫌いじゃなかったが」  上機嫌にケーキを箸で食べる幽の姿は、まあ着物の姿という事を除いても非常に浮いている。  正直、長いこと相席はしたくない。 「こんな朝から僕を呼んでおいて、やることは男二人で優雅な朝食かい?」 「おいおい、冗談はよせよハクタク。男と二人でなら百歩譲って許せるが、てめぇとだけは御免だ」 「君、自分が僕を呼んだっていうの本当に理解してる?」  スーツの男の名前はハクタク。かの神獣と同じ名だ。  いや、まあ本人……本物なのだが。  彼もまた幽や桜骸と同じく永い時を生きる存在だ。  二人と明確に違う点いえば、ハクタクだけは各時代の人の暮らしに順応し、当然のようにそこに溶け込んでいることだろうか。 「さて」  箸をまとめて置き、幽はテーブルの上で手を組んだ。そして灰の瞳はゆっくりと細められる。  静。  賑やかとは言えずとも周囲には音が溢れていた。  が、幽の雰囲気の変化と同時に彼等二人の間だけが全くの無音となる。  いや、雑音など気にできないほどの緊張感が二人の間に張り詰めたと言う方が正確か。  桜骸には見せもしなかった本気の様相。  ハクタクも息を飲む。  目の前の男は間違いなく、かつて桜の守を葬ったあの人斬りなのだと再認させられる。 「まあそう構えるなよ。何も今から手前を咲かそうって訳じゃねぇんだからさ」 「無理言わないでよ。僕は長いこと生きているけど、君や桜の守みたいに殺し合いの場で生きてきた訳じゃないんだ」 「ハッ! よく言うぜ。まともだったら俺がこうした時点で気絶するのが普通だろうに」 「まあソレに関しては何とも言えないけどね。僕の役柄、誰と対面しても大丈夫じゃないと困るってだけだよ」  声音も変えずに言い放つハクタクのこめかみには一筋の汗が伝っていた。 「で、本題だ。つい昨日で千年が経った」 「ああ、なるほど」 「たく、話が早すぎて話にならねぇな」  森羅万象に通ずると伝わる神獣白澤。  彼に与えられた役とはまさに知識の蔵書……謂わば全てを知る者と言ったところだ。  当然、幽と桜の守との間に起きた事にも通じており、それ故に幽が気軽に話を持ちかけられる唯一の相手でもあった。  尤も、先のように言わんとする事を話の最初に掴んで納得してしまうために会話として成り立たず、幽がハクタクをあまり好かないのもそこに起因する。  ハクタク曰く、 「僕は全てなど知ってはいない。知りたいと思った答えが大元から送られてくるだけだよ」  との事だが結果は変わらない。  ついでに難しい話もよく分からない。 「会話という形を取りたいなら付き合うけど?」 「いや結構。まあそういう事だ。約束は満了。だから、あいつに全部打ち明けてくれ」 「ふむ。しかしなんで僕が?」 「手前は何でも分かる割に人の心ってのは分かんねぇんだな」 「生憎、人が家畜の心を分からないように、神獣の僕は人の心なんて分かるようにできてないんだよ」 「一応俺もそっちの類いなんだがなぁ」 「君は人だよ幽。身体や役がではなく、過去に葛藤して縛られるのは人の在り方だ」  なるほど……と、心中で頷く。  あらゆる知識に通じるが故にか、ハクタクにとっての現在と過去は所詮、観測している点かそれを記した記録かの違いに過ぎないという事か。  記録ならば新記録が出る度に更新されるのだから、執着などもしないだろう。  改めて幽はハクタクをしっかりと見据える。  その眼鏡の奥に据わる瞳は桜骸以上に無機質で、幽以上に底が知れない。  嫌な目をしていると、初対面の頃に思ったのも懐かしい。  ふと気付けば、ハクタクの耳には周囲の喧騒が戻ってきていた。 「七月六日だ」 「随分先にしたんだね」 「夏の方が……桜が綺麗に咲くからな」  幽は斬る事を咲かせると言う。  それは咲くと裂くを掛けた言葉遊びと、血飛沫が地面に描く模様が、せめて手向けの花になればとの思いを込めた物。  尤も、今しがた使った『咲く』は本来の意味……花開くとの意味での事なのだが。 「へぇ!」  ハクタクが嬉しそうに目を輝かせる。  なるほど、何でも知っているだけに一を聞いて十を知れない内容は新鮮と見える。 「事が終わった後に俺かあいつ、生きてる方にでも聞きやがれ」 「うん。そうするよ。今から楽しみだなぁ」 「てっめぇ……殺し合い控えてる奴の前でよくもまあ」 「君に対しては殺し合いなんて物気にしないよ。それこそ、植物に気を使ってコーヒーすら飲まないのと変わんないからね」 「わっけ分かんねぇ喩えだな」  再び箸を取り、幽はケーキを口に運ぶ。  少し涼しげな朝。  場違いな装いの男は、知ったことかと好物を頬張るのだった。
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