§3

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「つまり、俺の作るプリンは愛さんの好みだってことでいいんだよね」  こんな風に正面から真っ直ぐ切り込むことのできる唐島を眩しく思えば思うほど、なぜか逆に薫の態度は素直さから離れていく。 「俺の好みの原点かつ頂点は、高校の学食のプリンだ」 「学食?」 「あれ。お前、覚えてねえ? あの幻の絶品プリン」 「いや……覚えてますけど」  あれは、薫が新聞部の新部長に就任した二年生の二学期のことだった。学食のメニューに新たに加わったカスタードプリンは、他に販売されているメーカーの大量生産品とは一線を画した手作りの味わいで、たちまち生徒の間で評判になった。月曜と木曜のみの数量限定販売だったため争奪戦となり、「購入は一人一個」というルールができたほどだ。  もともと甘党ではあった薫も、あの味にはすっかり虜になってしまった。 「新聞部で取材しようって思ってた矢先に、販売が打ち切られちまったんだよなあ。あんときは本気で悔し涙が出たな」  意気揚々と向かった学食で「販売終了」の張り紙を見たときの、足元から地面が崩れていくような無力感は今も忘れられない。人一倍プリンへの執着が強いのは、そんな経験も一因になっているのかもしれない。 「はあ」  だが、唐島の反応は微妙だ。肯定とも否定ともつかない中途半端な相槌を打ったきり、答えに窮したように黙り込む。鼻筋にわずかに皺を寄せ、くしゃみでも我慢しているみたいに居心地の悪そうな顔だ。  薫は肩をすくめる。 「いいって、無理に話を合わせなくても」  あのとき、もう二度とあのプリンを食べられないのかと打ちひしがれていた薫を、不器用ながら慰めてくれたのは唐島だった。  いや、あんなのは慰めたうちには入らないだろう。ただ、薫のあまりの落ち込みように他の新聞部員が呆れる中、唐島だけは「たかがプリン」とは言わなかった。そしていつもの素っ気ない口調で「そのうちまた、食べられる日が来ますよ」と言ってくれたのだ。
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