§3

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「そっか」  言い淀んでいるうちに、唐島は何を納得したのか、ひとつ頷いて席を立ってしまう。そしてそれ以上薫に声をかけるでもなく、また厨房の方へと戻ってしまった。  残された薫は、心にぽつりと落ちた水滴で波立った表面を優しい甘さで覆い隠すみたいに、黙ってカスタードプリンを平らげる。  伝票を持ってレジに向かうと、水上がいつもの調子で愛想よく声をかけてくる。 「愛沢さん、お持ち帰りにこれいかがですか」 「ん?」  水上が差し出す箱を見て、薫は身を乗り出した。細かい仕切りの中に、背の高い小さな王冠のような形の焼き菓子が並んでいる。 「カヌレ? え、そんなもの扱ってたのか」 「へへへーこれも今週から始めたんですよ」 「そんなん、買うに決まってるだろ」  早速カスタードプリンと一緒に包んでもらい、イートインの分と合わせて会計をする。レジを打ちながら、水上はいたずらっぽい笑顔を向けてくる。 「隆司が言ってたとおりだ」 「唐島が? 何を?」 「カヌレって、ちょっと焼きプリンっぽい味じゃないですか。だからきっと、愛沢さん好きなんじゃないかって」 「……え」  薫は、思わず水上の背後の厨房に続くドアに目をやってしまった。扉に開いた小さな窓から、背の高い金髪の後ろ姿が見え隠れする。 「あいつが、そんなこと言ったのか?」 「ええ。ほら、カスタードプリンだと冷蔵庫に入れても、当日中じゃないと厳しいでしょ。その点これは常温で三日はもちますし、なんなら冷凍保存もできますよ」  そこまで言うと、水上はぱちりと綺麗にウインクをする。
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