§4

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「本人が嫌なら無理強いはしませんけど。まあ、地道に内容で勝負してファンを増やしていきましょうかね」  その結論にはほっとしたものの、肝心の連載の打ち合わせは少々難航した。今回は鬼門だと思っていた恋愛相談だった。「友達として親しくしている相手を好きになってしまった。想いを伝えたいが、振られたらと思うと怖い」というものだ。よくある悩みと言ってしまえばそれまでだが、簡単に答えが出ないからこそ多くの人が同じことで悩むのだ。  編集部を辞した薫は、さてどう答えたものかと途方に暮れる。  既に友達という関係を築いているなら、それを壊したくないと思うのは当然だろう。一方で、もっと特別な存在になりたいという願いに蓋をして、笑顔の間柄を保つのは苦しいに違いない。  想いを寄せる同級生の隣で、切ない恋心を隠して笑う女の子の姿を想像する。 「きっと、優しい人なんだろうなあ」  彼女の恋煩いが伝染したみたいに、ふうっ、と大きな溜息をついたときだった。 「誰が」 「わあああっ」  危うく椅子から飛び上がりそうになった。 「……愛さん、俺が話しかける度にそうやって仰天するの、いい加減やめてくれない?」  タルトタタンとガトーショコラとカスタードプリンが載ったプレートを薫の正面に置きながら、唐島が憮然として言う。 「お、おう……悪い、ちょっと考え事してて」  相談に対してどんな切り口から答えたものか悩んでいるうちに、足は自然と「ヴィトライユ」へ向かっていた。水上に勧められるままにケーキを注文し、いつものテーブル席に座ってからも、まだ同じことを堂々巡りのように考え続けていたのだ。 「で、『優しい人』って誰のこと考えてたんですか」  目の前の椅子に座った唐島が、薫の独り言を律儀に拾い上げる。 「いや、誰って……」  知らない人だよ、と言いかけて、薫は慌てて言葉を呑み込んだ。 「ちょっと、悩みを相談されててさ」  仕事で、と明かすわけにはいかない。 「悩み?」  唐島が形の良い眉をひょいと持ち上げる。
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