§4

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 その夜、改めて持ち帰りでも買ってきたタルトタタンを食べながら薫は悩み相談の原稿を書いた。 「ちょっと発想を変えてみませんか。友情というのは必ずしも恋愛に至る手前の関係ではなく、他には代えがたい信頼関係ではないかと思います。あなたはきっと優しい人で、相手の人にも友人として信頼されているのでしょう。そんなあなたなら相手の人との間に、告白をしても壊れないくらいの確かな関係を築いていけるはずです」  最後の「そんなあなたにオススメのスイーツ」には、逆転の発想のお菓子の代表格であるタルトタタン。りんごのタルトを焼こうとして下にタルト生地を敷くのを忘れ、慌てて上に被せて焼いて後から逆さまにした、と言い伝えられる。  俺は嘘つきだ、と、書き終えた原稿を読み返しながら薫は落ち込む。こんなことを人にアドバイスしておきながら、自分はそんな風に気持ちを切り替えることはできそうもない。いつか自分の初恋について知られてしまうときが来るとして、それでも壊れない確かな関係を唐島との間に築ける自信なんてない。  ごまかしの効かない強い瞳を思い浮かべる。  自分が「辛島」なんてペンネームで仕事をしていることを彼に知られるのは、いまだに、どうしようもなく怖かった。
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