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「それって、警戒心の裏返しですか?」
なんのことだと顔を上げると、水上がテーブルに手をついてぐっと前屈みになってきた。
「わ。か、顔近いって」
思わず仰け反ると、心得顔で微笑まれる。
「やっぱりね。ね、愛沢さんってもしかして」
声のボリュームが低くなった。すぐ耳元でようやく聞き取れるほど。
「……男性が恋愛対象な人?」
不意打ちすぎて、いつものようにさらりと肯定したり曖昧な笑顔で煙に巻いたりすることができなかった。
「なんでわかった?」
咄嗟に険のある目つきで睨んでしまうが、水上の方は拍子抜けするくらい屈託のない笑顔を返してくる。
「うん。愛沢さん、人との距離感にすごく気を遣ってるな、って見ててなんとなく感じたんですよね。特に、同性相手に」
そう言いながら厨房の方へと意味ありげな視線を向ける。まさか、と薫は椅子の上でぎくりと背中をこわばらせた。
「それ、唐島には……」
ひょっとして彼も既に察しているのだろうか。緑がかった褐色の瞳を思い浮かべる。怖くて、水上の視線を追って厨房の方を振り向くことができない。
「いや、隆司はそういうことに鈍いし、気付いてないと思いますけど?」
「言うなよ」
間髪入れず返したタイミングといい、張り詰めた声といい、テンパっているのがバレバレだと自分でも思う。だが、取り繕っている余裕はまったくなかった。
「え、なんで? あいつ、そういうこと気にする奴じゃないですよ」
自分よりもよほど唐島のことをわかっているかのような水上の言葉が癪に障る。
気にするような奴じゃないなんて、薫だってよく知っている。でも、あの仏頂面で武田に言われたみたいに「関係ない」などと流されてしまったら、自分は二度と立ち直れないくらい傷つくような気がしてしまう。
「とにかく、言うな」
唐島に知ってほしいのか、知られたくないのか。自分でもわからないまま、もう一度水上に強く念押しする。
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