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だが、こちらに真っ直ぐ向けられたヘーゼルの目は真剣そのものだ。
「試食の件、考えてみてもらえませんか」
「そりゃ……食べて感想言いまくるくらいでよければ、いくらでも協力するけど」
唐島が自分のことを必要だと言う。ほだされる理由なんてそれだけで十分だ。
「よかった」
唐島がほっと溜息をつく。
「ホントですか? わー、助かった」
背後で、水上までが弾んだ声を上げる。
「いや、あまり当てにされても困るんだけど」
二人の反応に、薫は慌てて釘を刺す。
「俺なんてただの素人だし。自分の好みかどうかは言えるけど、それ以上のことは責任持てねえぞ」
ライターなんて仕事をやっていて悩み相談の連載も持っているが、部外者のアドバイスなんて所詮は無責任なものだということは承知しているつもりだ。
「いいんですよ、それで」
だが、唐島はいつものようにテーブルに頬杖をつき、安心したような目を薫へと向ける。
「それが一番大事なことだから」
「それが、って……どれが」
唐島の言葉はいつも直球だ。それなのにどうしてか、構えた場所とは違うところにボールが飛んできそうな不安が付きまとう。それはきっと、自分の期待の方が的外れだからだ。だから勘違いを正してほしくて、いちいち問い返さずにはいられない。
唐島は薫の問いをかわすように肩をすくめる。代わりに答えたのは、またも水上だった。
「食べてもらうお客さんも専門家なわけじゃないですもん。特にクリスマスなんて、普段はあまり甘いものを食べない人でもケーキを買うでしょ。だからこそ、食べる人の素直な感想が聞きたいんです。作り手の独りよがりになるのが一番怖いんですよ」
「うん……わかった」
どこかはぐらかされたような思いがしながらも、仕方なく薫は頷く。
そして、ふと思う。
自分は唐島の口から、どんな答えを聞き出したかったんだろうと。
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