§6

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 脇の下に汗をかきそうになる。ケーキの試食なのでフレグランス類は自粛したが、汗臭かったりしたらどうしよう。  やはり匂いが気になってスタイリング剤を使わなかったせいで、妙に坊ちゃんヘアーになってしまっているのも今更気にかかる。ミリタリー調のスタンドカラーのジャケットにスキニーデニムというお気に入りのスタイルが、髪型と全然合っていなかったと後悔する。 「愛さん? どうかした?」 「あ、わ、悪い。なんでもない」  うろたえるな、と自分をたしなめながら、薫は唐島に勧められた調理台の脇のパイプ椅子に腰を下ろした。デートじゃあるまいし、たかが試食で何をそんなに動揺しているんだ。 「まずブッシュ・ド・ノエルなんですけど、食べ比べて意見を聞かせてもらえますか」  とはいえ現金なもので、目の前に試食用のケーキが並べられると、薫の気持ちはたちまちそちらへ吸い寄せられる。 「え、なんだこれ。ちっちゃくて可愛い」  サイズもデコレーションも変わらない小ぶりのブッシュ・ド・ノエルが二つ。薪をかたどった正統派の形ではあるものの、ロールケーキのホールサイズではなく、せいぜい缶ビールを横にしたくらいの大きさだ。 「クリスマスってカップルでケーキを買いに来るお客さんも多そうだから。二人で分けて食べるにはこのくらいがちょうどいい大きさかと思って」 「なるほど、ありだな」 「敢えて説明はしないんで、まず食ってみて」  そう言われ、フォークで慎重に一口分を切り分けて口に運ぶ。 「うわあ」  思わずうっとりとした吐息を漏らしてしまった。  ふんわり軽いココア生地で巻いてあるのはややビターなチョコレートクリームだが、その芯の部分に甘酸っぱいラズベリーのコンフィチュールが忍ばせてある。
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