§6

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 チョコレートとラズベリーの組み合わせは、お伽噺の王子と美女のように王道の組み合わせだ。ラズベリーのしっかりと主張する味と香りは、少女のような可憐さと大人の妖艶さを兼ね備えている。それを芳醇に香るチョコレートが抱きしめるように包み込み、舌の上でとろけ合う。たまらなく甘美で、情熱的だ。 「うう、ヤバい代物を作りやがって」 「美味いかな?」  冷蔵庫から出したミネラルウォーターのボトルの中身をグラスに注ぎ、薫の方へと差し出しながら、唐島が探るように訊いてくる。 「美味いなんてもんじゃねえよ。ったく、天才かお前は」  クリスマスイブに恋人と二人でこのケーキを食べたら、さぞかしロマンティックな夜を過ごせることだろう。 「もうひとつの方はなんだ」  グラスの水を飲んで舌をリセットし、もうひとつの見た目はまったく同じブッシュ・ド・ノエルの味を試す。 「……ん?」  こちらもケーキの生地とチョコレートクリームは一緒だが、芯のところにさらに濃厚なチョコレートガナッシュが使われている。シンプルなだけに、チョコレートの香りと味わいがストレートに伝わってくる。 「あれ……なんだ、この香り」  その上質なクーベルチュールチョコレートの奥に、ほのかにエキゾチックなスパイスの気配を感じる。ぴりっとかすかな辛みが心地よいアクセントになっている。 「気付いた?」  唐島に訊かれて、薫は素直に首を横に振る。 「いや。正体がわかんねえ」  よく知っている香りのような気がするのだが、なんだったか思い出せない。降参、と両手を上げると、唐島がぽつりと答えた。 「山椒」 「え」  びっくりして、目の前の皿に視線を落とす。
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