§6

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「山椒って……鰻にかけたり、ちりめんと一緒に炊いたりする、あれか?」 「そう。生の実を細かく擦り潰したものを、ガナッシュにほんの少しだけ混ぜてみたんだ」  急いで、もう一口味を見て確かめる。 「わ。本当だ、言われてみれば山椒の風味だ」  つんと鼻に抜ける香りは、和食ではお馴染みのものだ。取り合わせが意外すぎて思いつかなかった。 「そっか。そういえば海外にはチリライム味のチョコレートとかあるもんな。なるほど、こういう濃厚なチョコレートには、辛味と清涼感のあるスパイスが合うんだな」  言われなければわからないほどかすかな隠し味だが、とろっと濃厚な甘さを引き締めるには十分な役割を果たしている。 「これは他では食べたことのない味だなー。やばい、なんか癖になりそう」 「愛さんなら、どっちを選ぶ?」  自分もグラスから水を飲みながら、唐島が問いかける。 「……難問だな」  薫は顎に手を当てて黙り込んでしまった。甲乙つけがたい、とはまさにこのことだ。  万人受けするのは、王道のラズベリーの方だろう。ほんのりスパイシーな山椒のチョコレートには他にはない個性と驚きがあるが、派手さはないし、そもそもこの隠し味に気付かない客も多いのではないか。  薫は慎重に口を開く。 「なあ。お前、客としての俺の率直な感想が聞きたいから試食頼んだって言ってたよな」 「はい」 「売れ筋とか演出とかそういうの一切無視して、俺自身がどっちが好きかで答えていいか」 「もちろん。むしろそれが聞きたい」 「なら、俺は山椒かな」  再びフォークを手に取って、改めて二種類のブッシュ・ド・ノエルを交互に口に運ぶ。 「うん。どっちも文句なしに美味いけど、なんだろうな、山椒の方が特別感がある」
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