§6

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 心の底から美味しいと思えるものを言葉で表現するのは、薫にとってはほとんど本能に近い反応だ。 「こういう意外な素材が使われてることに気付くと優越感をくすぐられるんだよな。他の奴にはわからない暗号を解読したみたいで嬉しくなるだろ? なんか、自分だけのために作ってもらったみたいな気にさせられる」  喋っているうちに高揚感がどんどんせり上がってきて、ついそんな浮かれた本音を漏らしてしまう。 「それにこうして食べ比べると、甘酸っぱいベリーの味よりもスパイスの辛味の方が、不思議と色っぽい感じがするな」 「へえ」  唐島が意外そうな声を上げる。その反応に、薫はいつの間にか自分が相当のぼせ上っていたことに気付いた。 「あ、いや、その……つまり、俺が個人的にクリスマスに予約するならこっちかな、って」  慌てて言い添えると、唐島の切れ長の目がにわかに剣呑な色を帯びる。 「愛さん」 「な、なんだよ」  調理台の向こうからほとんど睨むような視線を投げかけられる。何か怒らせるようなことを言っただろうか。 「愛さんはその予約したクリスマスケーキ、誰と食べるんですか?」 「へ」  何言ってんだこいつ、と薫は目を丸くした。 「一人で完食するに決まってんだろ。このサイズのケーキなんて、文字通り朝飯前だ」 「いや……そうじゃなくて」  唐島は頬杖を外して、かくりと拍子抜けしたような顔をする。 「そうじゃなくて、なんだよ」 「なんでもないです。で、愛さんはこのケーキだったらクリスマスに予約してくれるんですか」
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