1366人が本棚に入れています
本棚に追加
ケーキを仕上げていたときの唐島の手つきを脳裏に甦らせる。正確で、迷いがなくて、でも丁寧で。真摯な集中力が、傍で眺めているだけの薫にもひしひしと伝わってきた。
一度でいいから唐島のあの手に、あんな風に大切に扱われてみたい。
そんなことを夢想している自分に気付いて、薫は慌てた。唐島は真剣に仕事をしているというのに、不謹慎極まりない。
雑念を払い落すように軽く首を振って、薫は最後のショートケーキにフォークを入れた。
「あ」
舌に乗せた瞬間、違う、とわかった。
他の二つは苺の粒が大きかったので、中に挟む苺は半分に切って並べられていたが、これは切らずに丸ごと使われている。そのためか苺の香りや酸味が一際鮮烈に感じられるのだ。飾りや添え物ではなく、生の果物を食べているという堂々とした存在感がある。それでいて、生クリームの甘さとのバランスも絶妙に保たれている。
「いかにも苺のショートケーキ、って感じでいいな、これ」
「そうなんだけど」
目を上げると、唐島が厳しい表情のまま腕組みをしている。
「粒が小さくて見栄えがしない」
「でも、見た目の華やかさなんて苺以外の部分でいくらでも演出できるだろ? 味はダントツでこれだと思う」
フォークを持ち替えてもう一口分を丁寧に切り取り、再び口に含む。今度は苺そのものの味に意識を集中させる。すると、さっきはそれほど強く感じなかったジャムのような甘みが舌にじゅわりと広がっていく。
「わあ」
薫は思わず目を閉じて感嘆の吐息をついてしまった。
「この苺、二口目の方が甘く感じる」
「は? そんなことってありますか」
「いや、俺もこんなの初めてだけどさ」
薫はケーキの上にちょこんと乗せられた苺を、指先で行儀悪くつまみ上げる。
「なんだろうな。生クリームとの相性がいいのかな?」
最初のコメントを投稿しよう!