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するのか。こいつは。普通に、友人と、こんなことを。
「じゃあお前は、水上君とも普段こういうことしてんのかよ」
「はあ?」
唐島の声に、今度は明確に怒気が混じる。
「なんでそこで水上が出てくるんですか」
自分で出した名前をきっかけに、薫はその水上に指摘されたことを思い出した。
――距離感にすごく気を遣ってるな、って。
――特に、同性相手に。
図星だった。正確には同性相手ではなく、唐島相手にだ。
本当は、真正面に座ってずっと見惚れていたかった。その手にも唇にも触れたかったし、触れられたかった。「可愛い」なんて言われて、素直に喜んでみたかった。
意固地なまでにそれを避けてきたのは、自分の片想いが再開してしまったことを認めたくなかったからだ。唐島にときめいているこの気持ちも、「思い出」という箱の中に閉じ込めてしまえば安全圏に置いておけると思ったのだ。
薫はパイプ椅子を蹴り倒さんばかりの勢いで立ち上がる。
「帰る」
「え?」
唐島の視線を避けて、くるりと背を向ける。これ以上一秒でも長くあの目に見つめられたら、心の内を読み取られてしまいそうだ。
身を翻して、全力で厨房の外に走り出た。
「愛さん!」
引き止めようとする声を置き去りにして、ドアを開けて一気に店の外へ脱出する。住宅街の細い道を莫迦みたいにまっしぐらに疾走し、逃げるようにバス停まで辿り着く。
ぜいぜいと呼吸を整えながら背後を振り返るが、誰も追いかけてきてなどいない。当たり前だ。
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