§7

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 唐島に吸いつかれた指先がじんと痺れる。反射的にそれを口元に持っていこうとして、急いで拳に握り直す。思い出すまいとむきになればなるほど、指先に触れた唇の感覚をくっきりと甦らせてしまう。 ――しないですか、普通。  動揺した薫を怪訝そうに見返してきたあの顔が、恨めしくて仕方ない。  休みの日に二人きりで過ごしたり、まだ商品化もしていない特別なケーキを食べさせてもらったり。手首を握られて、指に吸い付かれて、自分の舐めた苺を口に含まれたり。  それらをどれも特別なことのように意識してしまって、いちいち胸を高鳴らせていたのは自分だけだった。わかっていたはずなのに、息が苦しくなる。強すぎる鼓動を打ち続ける心臓が、いつまでもしくしくと痛む。  ようやく来たバスに乗り込んでからも、薫は俯いた顔を上げることができなかった。
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