§8

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「辛島さん、なんかありました? 大丈夫ですか?」 「なんにもありません。大丈夫です」  せっかくの武田の気遣いも、今の薫には煩わしいとしか感じられない。まだ話を続けたそうな彼女の様子には気付かないふりをして、強引に電話を切った。 「あー……くそ」  携帯を放り出してデスクの上に顔を伏せる。傍らのノートパソコンには、ボツにされたばかりの悩み相談コラムの原稿ファイルが開きっ放しになっている。  相談内容は、親友と些細なことで仲違いをしてしまったというものだった。学校で毎日顔を合わせるので気まずいままなのは嫌なのだが、自分に落ち度があるとはどうしても思えず、心にもない謝罪をしてごまかしたくない、というのだ。 「これってさあ、親友を怒らせておいて『自分に落ち度はない』って言い切っちゃう、そういう態度に相手はキレたんじゃねえの?」  つい画面に向かって毒づいてしまう。「素直に謝れないあなたの側の問題では」という趣旨で回答してみたのだが、武田は承知してくれなかった。相談を送ってくるということは本人もそれなりに自分の行動を後悔しているはずだから、上手く仲直りできるように背中を押してあげてほしい、というのだ。 「上手く仲直りできる方法なんて、俺が教えてほしいくらいだよ」  ぶつぶつと愚痴をこぼしながら、どうにか修正案の体裁を整える。 「仲違いに効く特効薬は二つ。思い切って先に謝っちゃうことと、不愉快なことも忘れてしまうくらい美味しいスイーツを一緒に食べること」  そんな書き直し案をメールで送りながら、今の自分はそのどちらもできないくせに白々しい、と情けなくなる。
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