§8

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 家に戻ると倦怠感がどっと押し寄せてきた。指先が痺れたようにかじかんで、全身が細かく震える。湯を沸かして買ってきたばかりのインスタントコーヒーを淹れて飲んでも、身体は冷え切ったままだった。頭が、鉛のヘルメットでも被せられたみたいに重たい。  だるい身体を引きずるようにして布団に潜り込んだ。数時間ほど仮眠するつもりで、携帯のアラームをセットする。  しかし、アラームが鳴る頃には体調はさらに悪化していた。強烈な寒気がして、布団を頭の上まで被ってもがたがたと歯の根が合わない。身体の節々が軋みを上げるように痛む。枕に押し付けた耳の奥に、自分の鼓動が鈍く反響している。  体温計を取り出すまでもなく、かなりの高熱なのがわかった。トイレに起きるのも一苦労で、立ち上がっても足の震えが止まらない。家には市販の風邪薬さえないが、とてもではないが外に買い物に出られる状態ではない。ひたすら水分を補給して、後は砂浜に打ち上げられた流木のようにベッドに横たわっているしかなかった。  朦朧とする意識の中で、漂うようにぼんやりと不安な夢を繰り返し見た。  コックコートを着た唐島が向かいに座って、あの高校の学食のプリンを差し出してくる。 「これが食べたかったんでしょう?」  違う、と言いたかった。今の自分が恋焦がれるのは、唐島の味だ。そう答えようとした瞬間、あのとき唐島に触れられた指先にちりっと痺れが走った。  だめだ。  この想いを知られてしまっても唐島の前に座っていられる自信なんて、自分にはない。  返事はおろか首を振ることさえできずにいると、唐島はしびれを切らしたように席を立ってしまう。
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