§9

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 武田は、組んだ両手の掌をくるりと外向きに返して、うーん、と伸びをする。 「私より長く編集をやってる方に話したら、それはライターさん大変だよ、って言われたんです。悩み相談なんて受ける方もメンタル削られるから、週一の連載はきついって」  それから、ほどいた両手をぱん、と顔の前で合わせ、薫に頭を下げた。 「今日の辛島さんの顔を見て、本当だって反省しました。ライターさんを潰すような企画にするつもりはなかったんです。至らない編集で、本当にすみません」  いつも元気な武田に拝むようなポーズで言われて、薫はうろたえる。 「そんな。至らなかったのは、俺の方です」  振り返ってみても、ここ数回の回答内容は我ながら出来が悪かった。自分自身の悩みに振り回されて、見ず知らずの人の相談に乗る気持ちの余裕がなかった。でも、そんなことは読者には関係がない。身の入っていない回答をしてしまった人たちに申し訳なかったし、飽きられてしまったのも当然だと思う。  手抜きの仕事をしていたつもりはない。それでも忸怩(じくじ)たる思いは残る。もっと頑張ればよかった、なんていう後悔は甘えでしかない。そんなことを言うくらいなら、最初から全力で臨めばよかったのだ。 「それで、ひとまずは最後の相談内容なんですけど、もし辛島さんが嫌でなければこれを取り上げてもいいですか?」  武田がプリントアウトを一枚寄越す。普段はそこに一カ月分の相談内容の候補が挙げられていて、武田と話し合いながら方針を決めるのだが、今回は最初から一件しかない。  最初の一行に目を落として、すぐに武田が「嫌でなければ」などという言い方をした理由がわかった。「同性の友人を好きになってしまいました」とあったからだ。  相談を一気に最後まで読んで、顔を上げる。
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