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 このところしばらく、一発OKが出ることはなかった。だが武田は「問題ありません」と請け合ってくれる。その後、電話を切る前にぽつりと呟いた。 「読んで、ちょっと泣きました」  じわりと、胸にあたたかいものが広がっていく。  自分の送った原稿をもう一度読み返す。コラムの最後の「そんなあなたにオススメのスイーツ」のところには「あなたの一番好きなスイーツ」を挙げ、「ちなみに僕ならカスタードプリン」と付け足してある。  学食のプリンが販売終了になったと知ったあの日、何よりも悔やまれたのは、自分がいかにあのプリンの味に惚れ込んだかを作り手に伝えずじまいになってしまったことだった。  同じ後悔は繰り返したくない。傷つくのが怖くて一方的な想いを閉じ込めたままでは、この先もいつまでも、思い出という名の自己満足以上のものは手に入らないだろう。  唐島の顔を思い浮かべる。  自分の一番好きなスイーツを食べに行こう、と思う。堂々と、胸を張って。
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