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§4
唐島のカヌレは優しい味だった。
焦げ茶色に焼けた表面はかりっと香ばしいが、内側はもっちり、とろりとした食感だ。バターやラム酒やバニラの香りはあくまでも脇役に回り、卵をたっぷりと使った滑らかな生地の風味を引き立てている。本当に彼の作るカスタードプリンをそのまま凝縮して焼き上げたかのような味わいだ。
せっかくなので、月に一度の打ち合わせの際に「キュリオ」編集部にも持参した。
「あっ、これ美味しい!」
「シンプルで上品だけど、満足感あるねー」
早速、武田をはじめとするスタッフの間でも好評を博す。
「さすが辛島さん。センスいいですね」
手土産のおかげで薫自身の株までワンランク上がったようだ。
「そうそう。センスはいいしイケメンだし、せっかくだからそのキャラを読者にアピールしましょうよ。まずは、プロフィール欄に顔写真大きく載せてみるとか」
だが、武田にうきうきとした口調でそんなことを言われた薫は閉口する。
「スイーツのコラム書いてる優男ライターなんて、思いっきり陳腐じゃないですか」
「うーん、そうきたか」
武田はラメ入りのネイルを施した指先に持っていたペンをくるりと回して、その根元でふんわりとしたセミロングヘアをぽりぽりと掻く。海外ドラマに出てくるファッショナブルなキャリアウーマンみたいなのに、仕草の端々が微妙にオッサン臭い。
「親身になって悩みを聞いてくれるのがこんな美形のライターだとわかれば、アクセス急増間違いなしなんだけどなあ」
おいおい、と薫は呆れてしまう。
「そういう売り方は邪道でしょ」
だが、武田は動じない。
「邪道だろうが王道だろうが獣道だろうが、多くの人に読んでもらうための道を選ぶのが編集の仕事です」
それはそれで正論と言えなくもない。少なくとも、彼女のプロ意識には敬意を表したいところだが。
「いや、顔出しは勘弁してください。マジで」
何しろ薫には、「辛島馨」の名前で仕事をしていることを絶対に知られたくない相手がいるのだ。しかも、スイーツ業界に。
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