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§5
十月も中旬になると、クリスマスシーズンに向けての仕事で一気に忙しくなる。「キュリオ」からも連載に加えてクリスマススイーツ関連の仕事が何本か舞い込んだ。
「この店、メディアの取材とか受けないの」
お決まりの席についた薫は、水上にそれとなく訊いてみる。
評判のいい店の情報などはいち早くキャッチする「キュリオ」編集部でも、「ヴィトライユ」の名前は誰も知らなかった。ネットにも情報はほとんどなく、口コミサイトや個人のSNSなどで店名が言及されている程度だ。
「取材? ないですよー。こんな個人規模の、オープンしてまだ数カ月の店なんだし」
水上は笑って手を振る。
「規模とかは関係ないでしょ」
薫はぐるりと店内を見渡した。
こぢんまりとした店内のインテリアは、外国の雑誌にでも出てきそうな凝ったものだ。薫の座るテーブルの脇の窓にはステンドグラスがはまっていて、レトロな雰囲気に高級感を添えている。「ヴィトライユ」とはフランス語でステンドグラスのことらしい。
「店の雰囲気もいいし、何よりこれだけ味がいいんだから、評判になるのは時間の問題じゃないかな」
「店員もパティシエもイケメンですしねー」
だが水上は相変わらずの調子で、あっけらかんとそんなことを言う。
「……自分で言っちゃうあたりが、水上君の残念なところだよね」
「えーひどいな」
「そう? よく言われるでしょ」
「ちぇ。愛沢さんこそ、よく言われるでしょ」
「何を」
薫のテーブルに紅茶のポットを運んできた水上が、にやりと笑う。
「名前もルックスもお菓子みたいに甘いのに、中身はスパイスが効いてるね、って」
「う」
見た目と毒舌とのギャップは、仕事でもよく指摘される。武田などには「ほとんど『スイーツ詐欺』」とまで言われている。
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