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「こんちはー」
正雄の声に、調理服姿の白に負けない白髪の男が、鶏の骨を鍋から取り上げながら振り返った。
「ああ正雄、丁度いい。悪いが倉庫から玉葱を取ってきてくれ」
正雄は眉間に皺を寄せながら「まずは荷物を下ろしてからだ」と男に言い返して背から籠を下ろす。木綿生地の背中にはうっすら汗を掻いていた。
「今日は何を持ってきたんだい?」
「菜っ葉と茄子。それとご所望のトマトだよ。トマトって言うのは酸っぱくって俺は好かねぇな」
「熱を加えると甘くなるんだよ、食わずに言うな」
「だってそんな洒落たもん俺ら小作は食えねぇし」
料理番の辰雄は娘の八重と同じ歳の正雄にニンマリ笑って「今夜少しだけ食わせてやるからここに来いよ」と誘うが、正雄の方は気乗りしない顔で「んなこと言って、また鍋を磨くのを手伝えとか言うんだろ?」と答えると、さっさと倉庫の方へと向かい始めた。
「玉葱四個とじゃがいも三個だ、よろしくな」
辰雄の声がそんな正雄を追いかけてくるが、正雄は振り向きもせずに出て行った。
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