ハナの結婚

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「八重が言ってるのはそういう事なんだぞ? 言われた方はどう思うかなんて考えてなかったか?」  正雄は不機嫌に言うと屈みこんで、地面に置いた籠を持ち上げ勢いをつけて背中に背負った。中に入っている玉葱たちが中で盛大に騒いだと思ったら一瞬にして鎮まる。 「今更、違う女と結婚しろなんて言われても迷惑なだけなんだよ!」  そう言い捨てると、八重の事を見ることなく大股で館の方へと歩いていく。  ちらりと見えた横顔が、悲しそうだったのは気のせいだろうか。  八重は正雄を怒らせることよりも悲しませる方が、嫌だった。呆れられるより、失望されることの方がどんなにか辛い。とにかく、大きく口を開けて楽しそうに笑っている正雄がいい。  狐だった。感情を隠して風に向かっていく狐のようだった。孤高の狐。格好は良いが、八重は正雄が楽しそうにしている時の方が好きだ。  八重は翌檜の木に一人残され、しばらく動けずに正雄の背を見送っていた。小さくなっていくその背中が建物の陰で見えなくなるまで、追いかけることも出来ずに佇んでいるしかできなかった。  マロニエの大きな葉がどこからかカサカサとやってきて、翌檜の木にぶつかって止まった。那須野が原の長い冬が始まろうとしていた。
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