異国へ

13/14
73人が本棚に入れています
本棚に追加
/61ページ
 そうか、八重は独逸へ行くのか。もう那須野が原に戻っては来ないのか。  正雄は薄く瞼を持ち上げると、畳のヘリを睨みつけた。  ハナが独逸に行くのならば、当然八重も連れていくだろう。東京にだって連れていったのだから。  八重が行きたいかどうかは関係なく、ハナの思いひとつで決まるのだ。  結局、宿命であり呪縛であり、運命なのだと……諦めるより他ないのだ。農民の、それも小作人の次男に生まれ、八重との結婚は、これだけは叶えられると思っていた夢であった。これならば夢を見ても許されると思っていた。幾度、手から滑り落ちそうになっても離さず掴んできたのに……。  悔しさなのだろうか、不意に涙腺が緩み唇にぎゅっと力を込めた。手を握り絞めても、その手の中には八重の手はなく、代わりに違う人生を握らされていた。  どうにもならない事はこれまでも何度もあった。その都度消化してきた。八重との結婚は……己の気持ちさえしっかり持っていれば何とかなると思ってきたから、きっと……消化するのに時間がかかるのだろう。どうにも悔しくて、息が詰まりそうだった。  頭を振って、悔しさを追い払うと大きく息を吸う。 「行きます。米国に」
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!