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ハナ様の言葉は胸に刺さって、八重も涙が浮かんできた。そのぞれの道を進む時が来たのだと暗にハナ様が言ってくださっているのだ。ずっと付き従うことが運命だと思っていた八重にはそれは少しばかり寂しくもあった。もう一緒に居られない、そう思うと更にはらはらと涙がこぼれ落ちてきた。
「泣いているの、八重? 私も泣きたくなってしまうわ。泣かないで……私の決断が揺らいでしまうじゃないの。泣かないでよ」
そう言ってハナ様も涙を頬に伝わせていた。頬を預けた枕に落ちていく。
「八重は本当に泣き虫だわ、もう……本当に……」
涙声でハナ様が責めるから、八重は涙を人差し指で拭ってから「ハナ様だって昔はとてもよく泣いていたわ」と反論する。
「菊のせいよ。本当に昔は厳しかったわ。物差しでピシャリと叩くのよ?」
「ええ、私それでこっそり物差しを裏のお庭に埋めたの」
「だから無くなったのね。八重ってば」
二人は涙を浮かべたまま笑い合った。
この夜がいつまでも続けばいいのにと八重は願った。
それでも昔話に花を咲かせていると、夜の闇は次第に影を潜め空が白んでくる。朝と言ってもいい時間、二人は小さな子供のように手を繋ぐ。
「八重、那須野が原に戻っても忘れないで頂戴ね。私、絶対にあの場所へ帰ってくるわ。あの翌檜の下で、会いましょう。鹿を指差して文句を言わなきゃ……」
ハナ様は眠そうにそう言って、目を閉じた。
「待っています。八重はいつまでもあそこにおります」
八重の返事を聞いて、ハナ様は目を閉じたままほほ笑んだ。
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