エピローグ 四年後

3/4
前へ
/61ページ
次へ
 二年間青木様の米国滞在にお供した正雄は、八重が独逸へと行かなかったことを聞いて、米国から帰国した足で那須野が原に戻って来たのだった。  二人は今度こそ夫婦になり、子供を一人もうけた。それが千鶴だった。その千鶴ももう数えで二歳になった。  普段は東京で通訳として忙しく働いている正雄が、今日は那須野が原に戻って来ていた。それは一通の手紙が届いたからに他ならない。 『拝啓、親愛なる私の八重 日に日に寒さが和らぎ、独逸の厳しい冬が終わろうとしています。 まずは出産おめでとう、よく頑張ったわね。私の八重が生んだ小さな赤ちゃんを早く抱きしめたいです。 父の話では小さい時の八重にそっくりなのだとか。良かったわ、正雄に似たら狐さんになってしまうところです。男ならそれも悪くはないわね。 正雄と言えば、貴方が出産したことをとてもそっけない電報で教えてくれたのよ。 “コ ブジ”こんなのってないわよね? そういう訳で、私は可愛い八重の赤ちゃんを抱きしめなくてはならないし、正雄を叱らなくてはならないので、那須野が原へ向かいます。 辰雄さんにお菓子をたんと作るように伝えておいてください。どういう訳か、私は本物の独逸のお菓子よりも、辰雄さんの作る独逸菓子が好きなのよ。きっと半分日本人だからだと思うのです。 私の日本人の血が、那須野が原を恋しがって毎日泣いています。 だから、八重を抱きしめて癒して貰わないとなりません。 航海が順調にいけば、五月一日に横浜について、翌日には貴方を抱きしめられる予定です。 約束を覚えているかしら。翌檜の木の下で、もう一度会いましょう。 今度は可愛い八重の赤ちゃんとワルツを踊るつもりです。 八重の姉、ハナ』
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!

75人が本棚に入れています
本棚に追加