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二年間青木様の米国滞在にお供した正雄は、八重が独逸へと行かなかったことを聞いて、米国から帰国した足で那須野が原に戻って来たのだった。
二人は今度こそ夫婦になり、子供を一人もうけた。それが千鶴だった。その千鶴ももう数えで二歳になった。
普段は東京で通訳として忙しく働いている正雄が、今日は那須野が原に戻って来ていた。それは一通の手紙が届いたからに他ならない。
『拝啓、親愛なる私の八重
日に日に寒さが和らぎ、独逸の厳しい冬が終わろうとしています。
まずは出産おめでとう、よく頑張ったわね。私の八重が生んだ小さな赤ちゃんを早く抱きしめたいです。
父の話では小さい時の八重にそっくりなのだとか。良かったわ、正雄に似たら狐さんになってしまうところです。男ならそれも悪くはないわね。
正雄と言えば、貴方が出産したことをとてもそっけない電報で教えてくれたのよ。
“コ ブジ”こんなのってないわよね? そういう訳で、私は可愛い八重の赤ちゃんを抱きしめなくてはならないし、正雄を叱らなくてはならないので、那須野が原へ向かいます。
辰雄さんにお菓子をたんと作るように伝えておいてください。どういう訳か、私は本物の独逸のお菓子よりも、辰雄さんの作る独逸菓子が好きなのよ。きっと半分日本人だからだと思うのです。
私の日本人の血が、那須野が原を恋しがって毎日泣いています。
だから、八重を抱きしめて癒して貰わないとなりません。
航海が順調にいけば、五月一日に横浜について、翌日には貴方を抱きしめられる予定です。
約束を覚えているかしら。翌檜の木の下で、もう一度会いましょう。
今度は可愛い八重の赤ちゃんとワルツを踊るつもりです。
八重の姉、ハナ』
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