異国へ

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 押し黙る正雄に青木様は「不思議か。人生というのは時として思ってもみない方向へ曲がることもあるし、選択の余地があるなら思い切った行動をとらなきゃならん時もある」と言ってから「などと勿体ぶってもな」と、口の端を上げて笑ってみせるが、眼差しはどこか曇りがあり、迷いがあるように正雄は感じた。 「実はな……ハナがとうとう独逸に行くことになったのだ。まあ、結婚した以上、遅かれ早かれと思っていたが……寂しいことだよ」  そこで正雄へ視線を投げてから、正雄と目が合う前に、すぐに窓の外へとそれを移動させる。 「あれは八重を独逸へ連れて行くと思うのだ。昔から八重を連れていきたがる、どこへでも。人形ではないのだからと諭しても、頑として聞かなくて困ったことだよ。……正雄よ、すまぬな。お前たちの仲は知っているのだが」  正雄はやっと事の真相を理解して、そっと目を閉じた。罪滅ぼしという事だ。青木様らしい心使いであった。こんな末端の小作人である正雄に思いを馳せてくださったのだ。  ハナは確かに幼い時から八重を離したがらないところがあった。それをよく奥方様にも注意されていたのを正雄ですら目にしたことがある。青木様の言う通り、お気に入りの人形に近く、一時も離れたくないという具合だった。大人になれば、分別をわきまえそういう事はすこしマシになったのだが……それでも、機会をうかがっては八重を連れ出していた。
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