本編 鉄と綿

10/19
833人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
甘いひと時から時間を置き、私たちは夕食の席に着いていた。 「今日は煮込み料理にしてみました」 「シチュー、か」 「嫌いだったかしら」 「いや、好きだ」 「よかった」 和食中心の食卓が多い我が家だけれどたまには洋風メニューでもいいかなと思い作ってみた。 もっとも私が作った料理に対して彼から文句が出たことは一度もなかったけれど。 静かな空間に食器が奏でる音だけが響く。彼からは「美味い」という言葉が出たきり会話はなかった。 (何を話そうかな……仕事以外の話) 私がそんなことを考えていると彼のお皿が空になってスプーンを置いた音に気が付く。 「あ、お代りを──」 「木綿子」 「はい」 「話がある」 「……」 立ち上がった私に対して彼は座るように促し、私はいつになく真剣な彼のその表情に少し戸惑いを覚えつつも素直に席に着き、少し伏し目がちに彼の口元辺りを見つめた。 「木綿子、俺に訊きたいことがあるんじゃないのか」 「…え」 いきなりそう告げられ益々戸惑った。 「……」 「え…えぇっと……訊きたいこと…とは」 「ないのか」 「訊きたいこと……そうね、しいていえば鉄生さんはビーフシチューは好き?」 「は?」 私が答えた言葉に鉄生さんは一瞬間の抜けた顔をした。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!