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始発待ち、ダルいなぁ。語尾を延ばすサキ先輩の声は溶けかけのアイスクリームみたいだ。
「それじゃあ俺と夜明けのコーヒーでも飲みます?」
「もっと一緒にいたいです」の一言は「冗談に見せかけた婉曲なお誘い~純情な感情を3分の1ほど添えて~」くらい遠回しなものに姿を変えてサキ先輩の手前でぽとりと落ちる。
適当な合コンで知り合った子にだったら、こんな時「じゃー電車来るまで俺の部屋寄ってく? シャワー浴びちゃう? ていうかそのままヤッちゃう?」くらいのことをそのまま口に出せるのに、相手がサキ先輩となると俺はいつもの半分くらいしか頭で考えていることを言えなくなる。
昨日そった髭が、もうチクチクする。じっとりと汗ばんだ手のひらをズボンの後ろでそれとなくぬぐう。だせーなぁ、俺。出がけに慌てて部屋の掃除(特にベッド周りを入念に)を済ませてきてるとか、ほんとダサい。
あー、いーじゃん、サキ先輩が頷く。え、いいの? 思わず聞き返した俺にサキ先輩が小首をかしげる。
「でも駅前にスタバとかあったっけ」
前のめりになった身体が盛大にずっこける。スタバねー、最近できたんですよー。まー平日でも行列できる混みっぷりですけど。ていうかこんな時間に開いてるかわからんですけど。
サキ先輩はケラケラ笑いながらじゃーなんで誘ったのよーと駅方面、つまりは俺の家とは反対方向へとゆっくり歩き始める。踵がつぶれたコンバースで、後を追う。
夜明けのコーヒーって、もう夜、明けてるし。ていうか俺コーヒー嫌いだし。
だいたい月が綺麗ですねと囁いたって、ブレーキランプを5回点滅させたって、伝わらなければ意味が無いのだ。俺らの使う日常的婉曲表現って、せいぜいトーク画面でのスタンプ連打が関の山だ。
3分の1も伝わらなかった純情を持て余しながら、アスファルトに響くヒールの音を聞く。歩幅をほんの少し狭くする。
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